2006年10月

2006年10月24日

奥山清行の課外授業「デザインは大切な人のために」

2006/10/21にNHKの「課外授業ようこそ先輩」に登場したのは、奥山清行氏(カーデザイナー/47歳)である。
山形大学附属小学校/6年2組/38人
ナレーション/ダニエル・カール
制作/オルタスジャパン

奥山氏は、同じくNHKで2006/07/06に放映された「プロフェッショナル」に、【新しいものは「衝突」から生まれる】というタイトルで登場していた。そのときの印象が強烈だったので、奥山氏が「課外授業」でどのような顔をみせるのか。それを主軸にして番組を観た。
結論からいうと、成功している。「プロフェッショナル」では表現できなかった奥山氏の顔が、見事にあらわれているからである。

上着をぬいで半袖のTシャツで授業をする奥山氏は、アメフトの選手のような体躯にみえる。しかし「プロフェッショナル」では、職場で日々激闘している奥山氏が、じつは甘いものが好きで、ジェラートを口にする姿を映していた。
そんなふうに、どうしても「プロフェッショナル」で描かれていた奥山氏の映像と対比させながら本番組を観てしまう。

奥山氏の顔がアップになると、眼に惹きつけられた。水晶のような透視力のある眼をしている。それを写し撮るカメラマンの意思を感じた。
いままで多くの「課外授業」を観てきたが、本番組は秀逸である。
奥山氏のプロフィールを、必要最小限に抑えたところもよい。
子どもたちが待ちかまえる教室に、緊張した先生(先輩)がドアを開いて入る、という例のいただけないシーンがないところも助かる。
ただ、ダニエル・カールの軽妙なナレーションはミスマッチではないのか。なにを狙っているのかわからなかった。

以下、番組を順に追っていく。

  *

イタリア/トリノ

ファーストシーンはイタリアのトリノ。
スーパーカーの展示場。スマートなマイクのまえに立ち、英語でプレゼンテーションする奥山氏。

わたしたちがつくったのは、未来の車が目指す姿です

勇気をもって夢に向かえば、夢を現実にできるはずです

(拍手)

場面は一転して、ある一室。制作スタッフの質問に答えるような感じで奥山氏はいう。

たかがモノ、されどモノでして、人はいなくなってもモノって残るじゃないですか。だからぼくは、やっぱりモノにいのちを宿したいと思うし、そのモノを通してメッセージを何世代の人たちにわたって伝えたい

校庭に赤いフェラーリ

校庭に停まっているのは奥山氏がデザインした赤いフェラーリ。かつてない乗りやすさで高く評価されている。
座席に座っている奥山氏は、笑いながらいう。
「自分の母校でここに座っているの、違和感ありますね」

車から降りた奥山氏は、つづけて語る。
「買ってもらうときにはチャーミングな車でなくちゃいけないけど、それがずーっとつづくような車をどうやってつくれるか。一生懸命想像力をはたらかせてモノをつくっていくのが、むつかしさでもあるし愉しさでもあるし」

子どもたちが校庭へでてくる。
奥山氏は「おはよう」と声をかけ、「おはよう」と返される声を聞き、「元気いいなあ」と笑う。

奥山 「きょうはこの車に乗ってきました。自分でデザインしても買ったことはないんだけど、みんなに乗ってもらおうと思って。みんなに座ってもらって、よーくみてほしいの」

カメラが車の全身を舐め回すように撮す。

男の子は得意げな顔つきで乗っていたが、女の子はキャーキャーした感じで乗りこみ、こわごわ部品にさわっていた。

男の子 「エンジンもデザインしたって?」

奥山 「このネジも、イタリアでしかつくっていない特殊なネジなんだよ。この車にしか使っていないネジとか小さい部品も、だれかが研究して苦労してつくっている。そういう一生懸命努力してつくったモノには、不思議な力といのちが宿るんだよね。これがきょうの最初のメッセージかな」

授業1日目

「大切な人のために車をつくってください」と奥山氏はいい、子どもたちは、大切な人の趣味や生活状況を書きだす。

奥山氏の人生の転機となったできごとが挿入される。

奥山氏は昭和57年、アメリカへ。
36歳のとき、母親のテツさんが心筋梗塞で倒れた。すぐにイタリアから飛んで帰ってきた。母親の入院する病院の廊下で遭遇したのが高校時代の親友で、医科長だった。「ぼくが診ているから、心配しなくていいから」といわれた。その親友のお陰で母親は無事に退院することができた。

奥山 「自分の周りには、大切な人をよくするために生きているんだなあと思った。ぼくは、それまでの30数年間の人生は、あんまりそういうことを考えずにすごしてきたんですね。情けないと思いました。"乗る人を幸せにする車"をつくるんだと決意して」

授業風景にもどる。

【大切な人はどんな車をほしがっているか?】
グループに分かれて考える。

1. 家族
2.お父さん
3.お母さん
4.弟・妹
5.お兄さん
6.友達(スポーツ)
7.友達(おしゃべり)
8.野球部の監督

グループごとに模造紙に書きだしたのを黒板に貼る。

奥山 「みんな自分でみて、満足してる? でてきたものが、ちょっと情けない。夢を入れてほしい。むずかしいけれど、みんなならできる」

宿題がだされる。
"大切な人"本人に訊く。自分が想像していることが正しいのか、たしかめてほしい。

廊下で奥山氏は、肩を揺らして軽く笑いながら胸中を語る。
あの子たちがほんとに考えてることと思えないのね、あれが。このままじゃ納得できませんよ、ぼくは

授業2日目

ラフな感じで教室に入り、子どもたちに「おはよう」と声をかける奥山氏。
「大切な人と話してどんなことを発見したか、聞いてみたいんだな」

子どもたちは、それぞれが発見したことを語る。

つぎに別室で待つ奥山氏を、しんたろうくんが訪ねる。
大切な人は、「野球部の監督」。
模造紙に書いた絵と文章をみせながら説明する。

しんたろう 「お酒やマッサージなどの設備より、みんなで乗る車のほうがよかった。7つのハンドルを6年生がもつ。行き先は甲子園で、車は7人のこころがひとつにならないと動かない。甲子園を目指す夢の車になりました。コンセプトは"7人のこころをひとつにして甲子園に導いてくれる車"です

奥山 「うん。すごくよくまとまっているし、考えもものすごくおもしろい。なにもいうことないです。このまま進めてください」

しんたろう 「ありがとうございます」

しんたろうくんの「車は7人のこころがひとつにならないと動かない」という発想に、わたしは感心した。7つのハンドルには、夢と現実が含まれている。
球児や監督にとって甲子園は究極の夢だ。
今夏の甲子園・決勝戦での熱闘は、NHKスペシャルで放映されるほど多くの人を魅了した。エースを支えるチームワークについて考えさせられたので、しんたろうくんの発言に説得力があった。

奥山氏が授業のポイントを述べる。
大切な人のことを自分がまずよーく考えるという行為が第一にあって、そのあと本人に訊いてみる。いきなり訊いちゃダメなんです。で、訊いたときのギャップというのは、自分で考えたことがあったからこそわかるんですね。いかに大切な人で、いかに近くに生活している人であっても、気がついていなかったんじゃないか、ということに気づくことが出発点なんじゃないかなあ

観客のいないホールで世界に通じるように発表

子どもたちがバスに乗って向かったのは、山形市内にあるすてきなホール。800人以上収容できる。品川区天王洲アイルにある劇場「アートスフィア」(名称を「天王洲 銀河劇場」と改め2006/10/06にグランドオープン)にちょっと感じが似ているようにみえた。

奥山 「みんなに班ごとにあそこの段の上に乗って、発表してもらいます。きみたちは、これから好むと好まざるにかかわらず、必ず世界を相手にしなきゃいけない。きょう発表するあそこの舞台は日本。ここの観客席は世界。だからきょうは、ちゃんと世界に通じるように発表してください

子どもたち 「はい」

奥山氏はがらんとした観客席で足を組んで座り、ただひとりの観客は"世界"として存在している。そのリラックスした態勢とは裏腹に、鋭い眼光で舞台の子どもたちを注視している。

【舞台での発表】……模造紙に書かれた絵と文字/模型

奥山氏の総評。
「みんなごくろうさま。きのうときょうの2日間だったけど、凝縮したプロジェクトをやってもらって、先生はとっても愉しかったです。発見があったでしょう。お父さんが一番望んでいるのは、マッサージチェアとかそんなことよりも、子どもと一緒にいることだった。お母さんが思いやりをもってる車がほしいというよりも、むしろきみたちがお母さんにこういう車を贈りたいという気もちのほうが強いと思うんだ。でもそれが大切なのね。
きみたちがなにかをするとき、その人がきみたちが嫌いな相手であっても、すごく納得できない、合意できない、理解できない人たちであっても、その人たちはみんなだれかの大切な人なんだね。自分が想像つかないことでも、一生懸命想像力使って、そういうことを考えてほしいなと思う。
どうもありがとう」

再び校庭の赤いフェラーリ

奥山氏は校庭で赤いフェラーリに乗り、エンジンをふかす。数人の子どもたちが見守っている。
エンジン音を聞きつけ、校舎から子どもが駆けよってくる。
フェラーリの魅惑的なエンジン音が耳底に響くなかエンド。

  *

ラストシーンが、猛スピードで立ち去るフェラーリではなく、魅惑的なエンジン音であるところに感慨がある。
奥山氏のいう「みんながだれかの大切な人である」という、排除の論理に抵抗できる人間ばかりなら、戦争もいじめ自殺も起こらない。

奥山氏の最大の特長は、子どもたちと対等に接したことだと思う。
教室にシビアな職場の空気がみなぎっていた。
手加減しないで本気で授業をした奥山氏の空気感は、子どもたちの細胞に刻みこまれたにちがいない。
「プロフェッショナル」という番組でも、優秀な若いデザイナーのプライドを粉砕し、同時に彼を育てようとする強い意思を明確に打ちだしていた。
奥山氏は本質的な教育者なのだ。

なお次回はアンコール放送で、2006/06/03に放映された山崎 貴「豊かさって何だろう」である。


参照

奥山清行 / KEN OKUYAMA オフィシャルサイト

フェラーリ大集合








































2006年10月04日

NNNドキュメント「子供たちの心が見えない」

7月30日(日)深夜に放映されたNNNドキュメント「子供たちの心が見えない」(日本テレビ)は、55分枠で授業崩壊に直面する小学校教師をとりあげていた。
長寿番組である「NNNドキュメント」は、報道ドキュメンタリー番組だが、NHKやその他の民放で制作されるドキュメンタリーとは、明らかにトーンがちがうように感じる。
全体的に淡々としていて、近ごろの番組に多くみられる過剰なナレーションや音楽がないので、昔の番組を観ているような錯覚に陥る。
地方の視点で描かれている番組らしいから、その意味でも地道さが反映されているのだろうか。
8月20日(日)/30分枠の「機影の下の闘い 40年目の成田闘争」も興味深く観た。

  *

千葉県の公立小学校で6年生の担任・戸村桂二教諭(43歳)は、クラス運営が困難になり、体調を崩した前任者の代役として子どもたちと格闘する。その結果、はじめて教師を辞めたいと思うほど自信喪失。
このマンモス小学校でクラス運営に悩んでいるのは、戸村先生だけではない。
全国の小中学校の3割ぐらいに授業崩壊がみられ、精神的危機に陥り、退職する教師も多いらしい。

この教室にTVカメラが入るのを許したこと自体に感心する。
当事者たちは、この番組をどのように観たのだろう。
わたしが驚いたのは、戸村先生の注意を無視するのは、男の子ではなく女の子なのだ。しかもひとりで動くのではなく、グループ化しているようだ。
小学生時代は、男子より女子のほうが成長が早いのは昔からだが、なにか一線を超えているという感じがする。
本番組では専門家の意見として、「発達加速化現象」が原因だと説明していた。

近ごろの小学1年生は、入学早々に女の子がグループ化し、担任の女性教師がお手上げになっているという話を聞いた。
6歳で「自殺」や「セックス」という言葉を級友から知り、その意味も理解しているらしい。
「自殺」の意味を親が問うと、「もう生きていくのがいやになって、自分で死ぬことでしょ」と、こともなげに答えたという。国語辞典より正確ではないか!

お手上げになった戸村先生に対し、校長を交えた緊急保護者会が夜に開かれる。
ひとりの母親が、「自分の子どもではなく、遊びにきていた子どもがいっていたのだが」と前置きをして、「担任を変えてほしいという声がある」と発言する。わたしには、その母親自身が担任の交替を望んでいるように感じられた。
戸村先生はこの発言に衝撃を受け、さらに窮地に追いこまれる。
保護者である母親たちと、戸村先生を困らせる女の子たちが、わたしには重なってみえた。
つまり母親たちは、自分の子どもに注意するどころか、得手勝手な行動をしている子どもを肯定しているように映ったのだ。

わたしが疑問に思うのは、教師に不満がある場合に、交替を選択する余地はあるのかということ。とくに小学校では、気に入らぬ教師と一日中接することになり苦痛だろう。しかしそれぞれの価値観が異なる以上、教師への不満も千差万別だ。
交替してほしいという視点に立つと、不満のある教師に対してはどのような悪態をついてもいい、という短絡的な考え方になるのではないか。
TVのチャンネルのように簡単にはいかないのである。

自分の子ども時代や、わが子が学んだ学校の教師たちを考えても、感心できる教師はひとりいたらいいほうだ。わたしは常に反面教師としてみていた。
ヘンな教師が担任になり実害を被ったこともあるが、最低限いうべきことはいい、「交替」は考えなかった。ひとは簡単には変わらない。彼が教師をつづける限り、実害を受ける子どもはふえてゆく。
実際、教師に限らず感心できる人間が多ければ、世のなかはこんなに殺伐としていない。

「どんな先生ならいいの?」という女性スタッフの質問に、女の子はふざけた声で「超イケメン」と答える。

カメラは卒業式までの1年間を追っているが、時間の推移がわかりにくかった。
さらにこのクラスの児童の中学校生活を追う必要があるだろう。
この崩壊した教室にTVカメラが入ったことで、なにか変化はあったのだろうか。

崩壊している教室風景を観ながら、同じ小学6年生を対象にしている、NHKの番組「課外授業ようこそ先輩」が浮かんだ。。
授業崩壊しているこのクラスで「課外授業」を実行したら、どういうことになるのだろう。
戸村先生の言葉尻をとらえて茶化す女の子に対峙できるのは、リリー・フランキー水谷修だろう。
授業崩壊した教室で彼らが「課外授業」をしたら、おもしろいと思う。

というのは、以前にNHKラジオで聴いた藤原新也の話を想起したからである。
故郷の門司でイベントがあり、公募して撮影した少女の母親から後日連絡があった。「不登校の娘が撮影以後、学校に行くようになった、なにかあったのでしょうか」と問われ、「写真を撮っただけです」と答えたという。
藤原が数人の少女を選んだ理由を語っていた。選ばれた少女たちは、その時点でこころのなかを透視されたのだろう。
カメラのレンズを媒介にして、藤原の視線が少女の隠された"裸心"を射抜いたのだと推察する。
少女が認識している"ほんとうの自分"と、藤原がキャッチした"少女像"が一致したのだと思う。
換言すると、変わりうる要素を感じられた少女を、藤原が選択したのではないか。

藤原新也は少女から時代を読み解こうとしているらしく、つぎつぎと少女をテーマにした写真集を刊行している。

【インタビュー】写真家 藤原新也氏に聞く、デジタル時代の表現と「渋谷」


授業崩壊は教師への暴力も含まれているようだ。

公立小学生の校内暴力、過去最多に 対教師30%超増(asahi.com/2006年09月13日)

校内暴力:深刻な対教師暴力の実態浮き彫りに…現状探る(msn/2006年9月13日) 


 

2006年10月03日

『森羅映像』 吉田直哉 著/矢萩喜従郎 写真

吉田直哉の『森羅映像 〈映像の時代〉を読み解くためのヒント』(文藝春秋/1994年)を最近入手し、おもしろく読んでいるところだ。

P.186〜P.193の【「やらせ」の反対語は?】という項から抜粋。

日本ではじめてのテレビドキュメンタリー・シリーズは1957年にはじまったNHKの番組「日本の素顔」で、はじめは「フィルム構成」と名乗っていた。その番組の担当者であり命名者である吉田直哉は、録音構成をモデルに、記録映画とは距離をおこうとした。

結局フィルム構成という名は定着せず、テレビドキュメンタリーと呼ばれるようになった形式でつくってきて、いちばん多い質問の基本パターンは、「ドキュメンタリーには、どのくらいやらせがあるのですか?」。
きまって「ぜんぶです」と吉田が答えると、相手は絶句する。
〈やらせ〉の反対語は〈盗み撮り〉であり、盗みはあきらかに犯罪だから、撮影の許可を願い出る。

戦争の写真や記事に限らず、ありのままを伝えることなど幻想であり、ほんとうは「ありのまま」というものがあるのかどうかさえ、確かでない。まして、何かを「ありのままに伝える」ことは不可能。
何を見せ、何を見せなかったか、何について書き、何について書かなかったか。それが「表現」で、人間は表現でしかものを伝えられない。

ドキュメンタリーには、受け手の想像力をそそることが限りなく要求される。
ドキュメンタリーで問われるべきものは、「正誤」よりも「巧拙」なのだ。

銀行やコンビニの防犯カメラと、ドキュメンタリーのカメラの働き方はちがう。しかし今日、ドキュメンタリーのあるべき姿に防犯看視カメラを夢想している人は、実に多い。
いまからでも「映像構成」と改めるほうがいいのではないか。

  *

吉田はこのなかで、「表現というものについて実に多くを教えられる」といい、大岡昇平の短篇『問わずがたり』とエッセイ「『問わずがたり』考――事実とフィクションの間に――」を紹介している。
共に『文学における虚と実』(講談社)に収められているというので、早速わたしは入手したのである。
というのは、エッセイのほうは筑摩書房版「大岡昇平全集 17」で既読だったが、短篇のほうは気になりながら未読だったからである。
なおエッセイについては、杉本圭司さんが運営されている「小林秀雄實記」の掲示板(註・ただいま改訂中につき閲覧できない)で、小向さん相手に詳細に書きこんだという過去があり懐かしい。

富永太郎に関する部分を引用する。
(P.190〜P.191)

《歴史小説でも伝記でもありませんが、大岡昇平に『問わずがたり』という、ふしぎな短篇があります。大正の天才的な夭折画家の恋愛事件について、遺作集を編集している出版社の社員が地方都市に赴いて、老いた関係者を歴訪するという内容で、小説に地の文はなく、いずれも七、八十歳になっている三人の女性との対話だけから成り立っているのです。
 この作品には、その成立過程を書いた「『問わずがたり』考――事実とフィクションの間に――」という関連したエッセイがあって、共に、『文学における虚と実』(講談社刊)に収められているのですが、あわせて読むと、表現というものについて実に多くを教えられます。
 大岡昇平は、詩人富永太郎の伝記を書くために関係者を歴訪したことがあり、富永が心中というところまで行くほどの恋をした人妻との事件を取材しました。そのとき「問題の女性に遠慮から質問できなかったことを、実際に質問したように書き、想像された反応を書いた」のが、この小説なのです。
 伝記、小説、エッセイ。大岡昇平の三つの作品は、伝記も関係者のプライバシーへの考慮から完全に自由ではないこと、かといって多くの歴史小説家が誇る、証言や文献から常識的に結論されるところから離れて想像力によって「真実」に迫る才能と自由も、結果は多くの問題をもたらすこと、を余すことなく示した実に知的な試みでした。
 主題に関係のない文学への寄り道をしたと思われるかも知れませんが、伝記、小説、エッセイがニュースと同じジャンルに属さないのと同様に、テレビドキュメンタリーがテレビや新聞のニュースとは別のジャンルのものである、ということを言いたかったのです》

  *

ドキュメンタリー番組はわりと観ているし、吉田直哉については以前から興味をもって眺めていた。ユーモア感覚があるのに軽くない。柔軟な思考が心地よい。
本書は平易な文章で書かれているが、重厚な内容になっている。
とくにP.72〜P.74の【『ヴィジョンズ・オブ・ジャパン』】という項の、
《「人生は些事から成る」という。人生がそうなら一国の文化も同じで、些事から成っているのだ》
というくだりで、上記の杉本さんを想起した。と同時に、杉本さんの表現(背後に小林秀雄がいる)と吉田の表現の差異を感じることで、より深くこのテーマについて考えられるような気がしたのである。



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