2007年04月

2007年04月10日

「黄金の三角地帯」の変貌が意味するもの

「クンサー」で検索して、2006年01月11日にアップした「小田昭太郎著『クンサー』を読む」にアクセスされるかたが時折あるのはうれしいことだ。
小田昭太郎氏がクンサーに会見したのは1985年だった。
小田氏は、メオ族が住むパンケア村でみたケシ畑をつぎのように描写している。

《背丈一メートルばかりのスーッと真っ直ぐに伸びた細い茎に支えられて、その頂に深い赤と言えばいいのか濃いピンクなのか、チューリップのようでいて、それよりももっと可憐で清楚な花弁をつけ、一斉に招くように揺れている。それはいかにも儚く妖しい女たちの群れにも似ていた。そんな花々に混じってポツン、ポツンと所々に純白や紫の花弁が顔をのぞかせている。この美しい草花の精に魅せられて人は廃人と化していくのだろうか》

この描写を記憶していたわたしは、さきにアップした「追跡 ヘロイン・コネクション」という番組で、一面のケシ畑を観て納得したのである。やはり映像の力は大きい。

小田氏は、昔からケシの栽培を仕事としてきたメオの人々について、「麻薬を作っているのではなかった。ケシを栽培するただの農民だった」と記している。
この「ただの農民」の視点で描いた記録が、高野秀行氏の『ビルマ・アヘン王国潜入記』(草思社/1998年10月)であり、表紙は一面のケシ畑である。
1995年10月、高野氏はワ州に入り、半年にわたって滞在した。村人と一緒にケシ栽培の全行程を体験するのが目的である。その体験はユーモラスに描かれている。
本書は小田昭太郎氏の筆致とは異質だが、思想的には相通じるものが流れているように思う。
「あとがき」で高野氏は、1997年1月に亡くなったクン・チャ・ウ氏について、つぎのように記している。

《彼はビルマでの役所勤めを退職後、齢七十にしてタイに亡命し、シャン州独立と少数民族に対する人権侵害廃絶の運動に余生を捧げた。私を気に入ってくれ、一緒に一軒家を借りて、数年にわたって起居をともにし、ほとんど親子と呼んでもよい関係であった。氏は死の直前まで、「ビルマ政府にシャン州住民を売った」クンサーを恨み、衣食住にも事欠くような貧窮生活のなか、クンサーの誘拐作戦を画策していたという、いろいろな意味で稀有な老人であった。個人的な親愛の情はもちろん、私は将来、この人物を主人公としたシャンの民族独立運動のルポを書くつもりでいたこともあり、その急な死は痛恨の一語に尽きる》

  *

2007/02/04(日)の夕刻、たまたま観たTBSのニュース番組で「黄金の三角地帯」の変貌を知った。TVをリアルタイムで観ることは稀なので、不思議な気分になった。
いま、タイでは厳しい取り締まりをする一方で、ケシに替わる作物の導入を奨励しているという。
JIFF(日本国際親善厚生財団)
は、マラリアに効く成分をもった「クソニンジン」の栽培を実現させることを計画している。

ごまのはぐさのこまごまことのは」というblogの〔クソニンジン・プロジェクト〕より引用する。
 
《タイ北部国境地帯はゴールデントライアングルと呼ばれる麻薬の生産地帯です。その地では現在タイの王室が運営する財団とJIFFが提携して、麻薬・貧困・感染症の撲滅に取り組んでいます。
 麻薬の原料となるケシの栽培を撲滅するため、代替作物としてクソニンジンの栽培を奨励する計画が立てられています。クソニンジンは製薬原料として高い需要があり、お百姓さんたちの収入源として有望視されています。こちらからお送りする種子は、ケシの種子の代わりに畑に蒔かれ、新たな収入源となり現地のお百姓さんの経済的自立をお手伝いすることとなります。さらに現地で生産されたクソニンジンは抗マラリア薬として精製されて、財団によって安価で地域に流通させられ、マラリア撲滅にも力を発揮することとなります》

「クソニンジンを栽培してくださっている皆様へ」というJIFF(日本国際親善厚生財団)からのメッセージはこちら


〔参照〕

論 説「アフガニスタン再建の躓きの石−麻薬取引のグローバル化」
(『立命館経営学』/2005年1月) 本山美彦

「ビルマの麻薬汚染と軍事政権」(社会新報/2003年7月12日)
ジャーナリスト 菅原 秀






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BS世界のドキュメンタリー「追跡 ヘロイン・コネクション」

2007/02/21にBS1で放映されたBS世界のドキュメンタリー「追跡 ヘロイン・コネクション」は秀逸である。
TV画面ではなく、映画のようにみえる。
音楽は必要最低限に抑えられていて、NHKのドキュメンタリー番組に時折みられるおどろおどろしい音楽は、もちろんない。
淡々と撮るべきものを撮り、アップテンポな編集が心地よい。
かんじんな映像にナレーションがないので、観る側の想像力が問われる。それだけ映像に牽引力がある。
またナレーションと映像がセットになっていないケースが幾つかあった。それは別の世界を同時に想起することを観る側に要求するので、重層的な表現になる。


原題:Afghanistan: The Heroin Connection 

制作:フランス Ampersand/2006年
       ディレクター  ブリュノ・エヴヌ
                アントニア・フランシス
       撮影      ジャン・ピエール・ギユレズ

……………………………………………………………………………………………………………

パリの若者たちを蝕むヘロイン

オープニングシーンは、フランス・パリで開かれる闇のパーティー。
狂乱じみた音楽が流れる。
主役は麻薬、とくにヘロイン。
ヘロインは効きめが強く、比較的手に入りやすい。この若者たちはヘロインのほかにも、大麻の樹脂であるハシシやコカイン、エクスタシーといった麻薬を大量に摂取する。
アヘンを精製してつくられるヘロインは、若者たちの心身を蝕む危険な麻薬。一度使うと急速に常習性が進み、過剰摂取の恐れがある。


アフガニスタンの首都カブール

世界で流通するヘロインの90%以上は、アフガニスタンが原産だといわれる。
ミシェル・ダネ(世界税関機構/事務局長)は、大きな地球儀を指し示しながらいう。

「ヘロインの密輸ルートは、大きく分けてふたつあります。ひとつはバルカンルート。イラン・イラクを通ってトルコへ。そこから南ヨーロッパのイタリア・フランス・スペインに到達します。もうひとつは古くからあるルートで、シルクロードを通るものです。アフガニスタンからカザフスタンをぬけてロシアに入り、北ヨーロッパに達します」

ヘロインの密輸貿易の中心、アフガニスタンの首都カブール。
アメリカ軍の侵攻によって瓦礫の山となった街は復興が遅れ、いまもそのまま。街をゆく女性たちは相変わらずブルカに身を包んでいる。
唯一の変化はタリバンが去り、多国籍軍の部隊が常駐するようになったこと。そしてもうひとつ、街のいたるところに麻薬常習者の姿がみられるようになったこと。タリバンの支配下では麻薬を使用すれば、死刑だった。
麻薬常習者の多くは、元ムジャヒディン(イスラム義勇兵)。かつての戦友が、いまでは麻薬仲間。

ゴミ溜と化した河のほとりでスタッフは、ひとりの男性に出会った。
ファヒーム、28歳。この河の壁穴を住まいにしている。
現実世界から逃れるように、等身大の壁穴に入るファヒームの映像。

朝6時、最初にヘロインを打つ時間。
前戦にいたころ、飢えや痛みから逃れるためヘロインをはじめた。
1日に2回ヘロインを打つには、日本円にして300円が必要。

髭は伸び放題だが、なぜか退廃的な空気の感じられない、端正といえる顔だちのファヒームは語る。

「以前はカブールで家族と暮らしていました。そのころはハシシを吸っていました。地方の兵営に送られてから、友人とヘロインを使いはじめました。戦いに参加するためカブールにもどりましたが、家族はいなくなっていました」

突然、黒い乗用車があらわれた。政府のナンバープレートをつけている。
スタッフが「こんにちは。あなたの車ですか? 麻薬の密売について取材しているのですが」と声をかけると、ふたりの男は「酒はいいのに、なぜヘロインを売ってはいけないんだ?」という。
住民らしき若い男は、「あんな黒塗りの車をもっているのは、シークレットサービスか政府関係者だけですよ。麻薬の売買を仕切っているのは、政府の内部で働く人間なんですよ」と証言する。

苦労の末なんとか金を手に入れ、ヘロイン1グラムを手に入れたファヒームは、河の土手にもどる。ここは麻薬を打つのにうってつけの場所。ゴミと排泄物の悪臭が立ちこめるここなら、だれもじゃましようとはしない。
仲間らしき男が、慣れた手つきでファヒームの腕に注射針を刺す。
土手の上に集まった野次馬に嘲笑されながら、ファヒームは心情を吐露する。

「みんなはわたしの頭がおかしいと思っていますが、そんな生やさしいものじゃありません。すっかり麻薬漬けで、こんな生活をつづけるくらいなら、死んだほうがましです」

ファヒームはそれ以上話すことはできなかった。
ヘロインが体中を駆けめぐり、数分間は禁断症状の苦しみから解放される。
地面に捨てられた1本の注射器をクローズアップ。
音楽もナレーションもないぶん、訴求力のあるカットである。

カブールには6万人以上の麻薬中毒者がいる。
荒涼としたカブールの街並み。
住民の大半は1日300円以下で暮らしている。子どもたちの4人に1人は5歳まで生きられない。しかし一部の地域には豪邸が建ち並び、周囲は厳重に警備されている。
スタッフが警備員に「資金はどこから?」と訊くと、「ヘロインの密輸」だという。
豪邸に住んでいるのは欧米人。企業の重役や外交官たちが、1ヵ月90万円〜300万円の家賃を支払い、密売人たちから借りている。

カブールにあるアメリカ人基地を訪問したフランス国防相/ミシェル・アリヨマリ(女)は、この地域の部族の首長たちに面会を求めた。
集まった20人の男たちのなかには、麻薬密輸への関与を疑われる人物もいる。
首長たちが基地に入るのははじめて。
麻薬取引の拡大を止めるには国際社会の長期的な支援が必要だと訴えた男はハーミド・カルザイ大統領の弟、アフマド・カルザイ。実力のある部族の出身で、アフガニスタン最大の麻薬密売人であるとも噂されている。
しかしアフマド・カルザイは、TVカメラのまえでその噂を全面否定する。


カンダハル近郊のケシ畑

アフガニスタンでは、麻薬は先祖から受け継がれた伝統でもある。
タリバンの根拠地・カンダハルは2001年、連合軍の爆撃で大きな被害を受けた。現在、麻薬密輸の利益はテロ組織の資金源になっている。

カンダハルの近郊でケシ畑を探す。ケシはアヘンやヘロインの原料となる植物。
カブールに向かう道を北へたどる。途中の小さな町でひとりの男が待っている。
ケシ栽培者のアリは自分の畑に案内することを承諾したが、2つの条件をつけてきた。訪問料として60ドルを支払うことと、運転はアリがすること。
意外なことに、畑は幹線道路からわずか数百メートルの場所にあった。
アリは23歳だが、村一番の金もち。富をもたらすのは2ヘクタールのケシ畑。
10人前後で作業をしている。
「この国には工場もないし仕事もないので、アヘンを生産するしかありません。小麦や米では生活できないのです」とアリはいう。

ケシの実をひとつひとつ切りつけていく映像。
切り口からしみだす乳液がアヘンやヘロインの原料となる。
ケシは1年に2回収穫できる。

スタッフと作業をしているふたりの男とのやりとり。
彼らとアリについては、顔にボカシは入らない。

スタッフ 「これは何になる?」
    「市場で売られます」
スタッフ 「何のために」
    「わかりません」
スタッフ 「乳液は何の原料?」
    「さあね、僕らには関係ない」
スタッフ 「ハシシ? アヘン?」
    「ヘロインだ」
    「言うなよ」(苦笑)
    「みんな知ってることだ」
スタッフ 「ヘロインを使ったことは?」
    「使わないよ。からだに毒だ」
スタッフ 「じゃあどうするの?」
    「イランに送る」
スタッフ 「その後は?」
    「さあ知らないよ」

ケシの実を慣れた手つきで切りつける動きをクローズアップ。その顔は映さない。
畑にいる数人の子どもたちが、スタッフを興味深げにみている。その眼は、日常化したケシ畑にスタッフの闖入という非日常を物語っているようにみえる。
アリはスタッフにできるだけ早く立ち去ってほしい様子。
政府とは良い関係ができているが、タリバンは恐ろしい、政府に協力していると分かれば殺されるだろう、とアリはいう。
アリは取材を受けたことをタリバンに知られたのではないかと恐れ、神経質になっていた。

取材のつぎの目的地はカンダハルから西へ200キロ。政府軍の力の及ばない地域。
収穫を終えたケシ畑で、元タリバン兵のサミールに会う。

ケシ畑、ケシの実をクローズアップ。

サミールの生活は豊かではない。麻薬で得た金はタリバンに渡すから。
サミールは、枯れたケシ坊主を手でもてあそびながらいう。

「麻薬を売って大金を稼いでいるのは外国の密売人です。アメリカでは、ヘロイン1グラムが金1グラムより高く売れると聞きました。ここではそんなことはありません」

サミールが取引仲介人・ハビブラを紹介してくれた。
(顔にボカシが入れられた)ハビブラは、自分は密売人ではないというが、麻薬についてかなりの知識をもっているようだ。
枯れたケシ坊主を両手でくだき、掌で粉を器用にかき集め、口に放りこむハビブラの映像。

ハビブラはいう。

「あそこを越えるとパキスタンで、むこうがイランです。麻薬はイランを経てクウェートにいきます。それからトルコ、ブルガリアをぬけてチェコやスロバキアに流れます。たいていは果物や石鹸と一緒に運ばれますが、セメントのトラックで運ばれることもあります。砂漠を通るので、気づかれずに通過することはできません。だれかが本気で密輸を阻止したければ、トラックを止められるはずです」

みわたす限り一面のケシ畑。
この地域でどれだけのアヘンがつくられているのか、想像に難くはない。

枯れたようにみえる数本のケシの実と茎を、カメラは地面から天空にむけてとらえる。落日ではなく、太陽を布で覆ったような光線が射しこみ、どこか怪しげな空気を醸しだす。
ケシという植物を、このように動的に表現できるカメラワークに感心した。ケシ畑から一歩でると、おどろおどろしい世界へ変容するという暗示なのか。
わたしが本番組で最も印象深かったのは、このカットだ。


アヘン市場と密売人

ハビブラの案内で数キロ先にあるアヘンの市場へ行くことになった。

スタッフ 「市場にはどんな危険が?」
ハビブラ 「ヘタをすれば"死"です」

ハビブラは電話をかけ、アヘンを買いたがっている外国人がいると話している。
「これから市場に客をふたり連れて行く。少し情報をほしいという外国人でね。色々見せてやってほしい」

この市場にカメラが入るのははじめて。
ひとりの男に注目した。手にはアヘンの袋が握られている。
隠しカメラをもってハビブラのあとにつづく。
捕まれば、いのちはないが、ハビブラは緊迫した状況を楽しんでいるようだ。
アヘンの入った袋が無造作に置かれている。

一軒の店に入り、スタッフは客を装う。

説明する男。顔にボカシが入っているが、カメラは個人を特定できないぎりぎりまで男を映しだす。
「これはアヘンです。ヘロインとは違います。もっと安くてよいものがあれば、5000アフガニー上乗せしますよ。取り引きですから、無理にとは言いませんがね」

この袋ひとつ分、5キロのアヘンの値段は日本円にして4万5000円。
突然、ガイドがきびすを返した。車へもどるよう合図をしている。
正体を覚られた恐れがあるため、急いで立ち去る。
急いで車に乗りこみ、ドアを閉める映像を、車の内側よりとらえる。
画面の乱れが、緊迫感をあらわしている。

その夜、ヘロインの密売人と会うことになった。
密売人のうしろ姿をカメラはとらえる。
密売人は訪問者が記者だということは知っているが、手ぶらでやってこなかった。
袋に詰められているのは、10キロのヘロイン。
生産者が同じであることを証明するため、ひとつひとつにスタンプが押されている。

スタッフ 「10キロいくら?」
密売人  「これか? 2万ドルだ」
スタッフ 「どこへ運ばれる?」
密売人  「運ぶ人間はほかにいる。我々には関係ない。まずイランに運ばれ、さらに別の場所へ行くらしいが、それがどこかは知らない」

ターバンで覆われた密売人の横顔を、人物を特定できないようにカメラはとらえる。
密売人のむかい側に座っている18歳くらいの息子を、正面からカメラはとらえる。左足を立て膝にし、右手を床について全身を支えているようにみえる。ターバンと同じ色柄の布で顔は覆われていて、眼と鼻の上部だけがむきだしになっている。
「密売人の息子はすっかり麻薬が効いている様子」というナレーションが入り、息子の眼をクローズアップ。とろんとした眼で瞬く。

スタッフ 「最近、商売は厳しい?」
密売人  「ああ、厳しいね。捕まると状況が悪くなるから、慎重にしなきゃならない」
スタッフ 「これが禁止薬物なのは知ってる?」
密売人  「もちろん。だが、やるしかない」
スタッフ 「麻薬は多くの人の命を奪っているか?」
密売人  「誰だっていつかは死ぬんだ。知ったこっちゃない」

密売人は買うつもりがないことを悟り、それ以上は語らなかった。
密売人の息子が右手に麻薬の入った袋をもち、すばやく立ち上がる。
つづいて立ち上がった密売人の足元を映し、つぎに不在になった場所をクローズアップ。
インパクトのある手法である。


巨大な麻薬密売組織

首都カブールにもどり、アフガニスタン麻薬取締警察を取材。
アメリカ麻薬取締局(DEA)が指揮を行うエリート部隊。
この日はカブールの近郊でみつかったアヘンの精製所を捜査。
スタッフは同行を許可されなかったが、隊員のひとりが撮影を引き受けてくれた。

撮影されたフィルムにナレーションが入る。
30人の隊員が動員される。アメリカ人、イギリス人、フランス人の混成部隊。
隊員のうしろ姿をカメラはとらえる。顔を映すときにはボカシが入る。
深い谷底にある簡単な羊小屋が麻薬製造所。
すでに所有者は立ち去ったあとだったが、麻薬を製造する設備が発見された。
化学薬品や50キロ以上のヘロインも残されたままだった。
隊員たちは製造所にむかって発砲し、爆弾がしかけられていないことを確認する。
最後に二度と製造所が使えないように設備を破壊する。
赤い炎をあげて燃える製造所。
任務は終了。犯人を捕らえることはできなかったが、麻薬を押収し、調査のためカブールにもち帰る。飛び立つヘリコプターが映しだされる。

国内で押収された麻薬は、すべてアフガニスタン内務省にもちこまれる。
この日も北部地方でアフガニスタン警察が押収した大量の麻薬が運ばれてきた。450キロのアヘンと150キロのヘロイン。
倉庫にはアヘンやハッシシ、ヘロインなど、数億円に相当する麻薬が保管されている。
ここには1500キロ以上のヘロインがあり、密売人は独自のスタンプをもっている。
押収した麻薬が再び出回ることのないよう、袋は封印される。
保管庫も閉ざされるが、南京錠に帯状の紙を貼りつけるだけというごく簡単なもの。

巨大な麻薬密売組織を操るのは、いったいだれなのか。手がかりになりそうな人物をみつけ、面会した。あらわれた人物は、自分は麻薬ネットワークのリーダーだ、と名乗った。
男はビデオカメラを手にもっている。
顔を除いた男の全身をカメラはとらえる。

スタッフ 「なぜカーテンを?」
    「ヘロインの話をするからです」

男は語る。横顔を映すが、正面にはボカシが入る。

「政府が本気で麻薬売買を阻止しないのは、自分たちもかかわっているからです。タリバン政権のころ、麻薬製造所はパキスタンにしかありませんでした。(男の右瞼をクローズアップ。なまなましい)。いまは国内でもヘロインがつくられています。外国人だけではなく、アフガニスタン人も麻薬を買います。
 ビデオをおみせしましょう。
 ここはアメリカ兵や政府が破壊した製造所です。完全に壊されたので、所有者はすこし離れた場所に新しい製造所をつくりました。
 つぎの映像で、アヘンからヘロインをつくる方法を説明します。
 まずアヘンを製造所に運びます。ロバに積んでもっていくこともあります。もちこまれたアヘンを7キロずつ缶に入れます。あとはそれを火にかけ、加熱するだけです。
 これはアヘンをかきまぜているところです。
 こちらでは、車のジャッキで製品を圧縮し、固めています。シートの上にある茶色い物質がヘロインです。
 こうしてできあがったヘロインは海外に売られます。最近はタジキスタンに流れることが多くなりました。イランとの国境の取り締まりがきびしくなり、運ぶのがむずかしくなったからです」


国境の街・ヘラート

密売人がイランに入るのは、ほんとうにむずかしいのか。スタッフは真相をたしかめるため、国境の街・ヘラートをめざす。
ヘラートはアフガニスタンで最も美しく、商業の活発な街。
ヘラートを経由して年間5000億円規模の貿易が行われているが、その4分の3は麻薬の売買だといわれる。
税関を監督するアメリカ陸軍/トニー・オリバー少佐に案内してもらう。
トニーは車内で語る。

「ヘラートは温暖で緑が美しい街なので、仕事で外出する機会が多いのはうれしいことです。外国で働く場合、まずその国の文化を知ることが大切ですが、なかなか自由時間がとれないし、行事に参加するヒマもありません。ここでの任務は多く、毎日が月曜日のように忙しいんです。
 みてのとおりヘラートの街に入るおよそ1キロ手前から、道の両側には数えきれないほどのトラックが止まっています。イランからアフガニスタンへと、ありとあらゆる商品が運びこまれてきます。ここでの商売は、すべて物々交換です。現金での取り引きは一切ありません麻薬取り引きも例外ではなく現金を通さないため、足がつきにくく厄介です。
 たとえばあそこに穀物のようなものと車を2台積んだトラックがみえるでしょう? あれは麻薬の密売人がアヘン200キロと交換に、車2台と16トンの米がほしいといって取り引きした結果かもしれません。先に品物が到着し、数ヵ月後に麻薬と交換されるのです。
 計算では毎日、1トン以上のアヘンが国境を通過しています。
 無法地帯に法律をもちこむのは、大変です」

トニーの任務は麻薬の取り締まりだが、密輸に対してはなす術がない。
トニーのアメリカ人の同僚は2人だけ。現地の取締官は200人いるが、監視する国境は1200キロに及ぶ。

この日、トニーは重要な訪問者を迎えた。国連薬物犯罪事務所のトップ/ドリス・ブッデンバーグ(女)。アフガニスタン国境警備隊長/ラフマン将軍も同行している。
「大変な任務についている皆さんの勇気には頭が下がります」とブッデンバーグはいう。敵の手強さを十分に把握している彼女は、つぎのように語る。

「もしこちらが大規模な麻薬製造所を取り締まれば、麻薬組織は小さな製造所をつくるでしょう。麻薬の密売人たちはじつにしたたかで、高い適応能力をもっています。情報網と製造技術を兼ね備え、さらに自由に使える資金もあります。だからといって負けを認めるわけにはいきません。少なくとも闘ってみなければわかりませんから」

国境警備隊の駐屯地を視察。
アメリカがアフガニスタンから撤退すれば、国境警備隊が頼れるのは国連だけ。

スタッフ      「アメリカが撤退したらどうします?」
ブッデンバーグ 「わかりません。考えも及ばないわ(笑)」

国境警備隊長/ラフマン将軍も危惧している。麻薬との闘いは、武力で解決できるものではない。

ラフマン将軍 「腐敗が続く限り、密売も続くでしょう」
スタッフ    「腐敗はどの程度まで進んでいるのでしょうか?」
ラフマン将軍 「かなりの上部まで」
スタッフ    「つまり?」
ラフマン将軍 「マフィアが国境を支配しているんです。現地のマフィア もいれば、外国のマフィアもいる。とんでもないやつらですよ(笑)」

ブッデンバーグとラフマン将軍は、カブールへもどっていった。
アメリカ陸軍/トニー・オリバー少佐はいう。

「少ない人数でこの広い国境を守らなければいけないのですから、大変です。密売人にとっては天国です。自在にゆききできますからね。むこうにイランの国境警備隊もみえますが、兵士の間隔は、われわれほどまばらではありません。こっちは人が少なく、すぐ隣りの警備兵の姿さえみえません」

16歳の少年兵はいう。

「ここにいると情けなく感じます。ガソリンもないし、食べ物を買いに行くオートバイもありません。どこへ行くにも、歩いて2時間はかかるんです」

国境の反対側はイラン。イラン軍のPRビデオには麻薬の密売防止に総力をあげて取り組んでいる姿が紹介されている。
国境地帯には障壁がつくられ、100メートルおきに監視所が設置されている。犠牲になった兵士は、殉教者として讃えられる。押収された麻薬は爆破されるが、その模様は毎回、ショーとしてテレビで放映される。
(合計40トンの麻薬が爆破され、炎上する映像が流れる)
麻薬取り引きにかかわった者は、きびしく処罰される。この3年間で2000人以上の密売人が拷問を受け、公開の絞首刑となった。(その映像が流れる)

アフガニスタンでまたアメリカ軍による捜索がはじまった。

アメリカ陸軍/トニー・オリバー少佐が車内で語る。
前方を走っている四輪駆動車の後部には、大きく「TOYOTA」というロゴが入っている。

「この国はとても広く障害物がないので、四輪駆動車があれば、どこへでも行けます。密売人たちもそれを知っていて、ルートを変更したり、人気のない夜間に活動したりします。取り締まるのはほぼ不可能です。アメリカ南西部でも同じような問題を抱えていますが、はっきりいっててっとり早い解決法はありません」

数時間後、砂漠の真ん中で1台の車を発見した。

トニーは、同じく車内でいう。

「あのくらいの車から何百キロもの麻薬が押収されることもあります。いま、周辺を調べて安全を確認し、車内に不審なものがないかたしかめています。男たちがみえますが、夜のうちに隠しておいたものを取りに行っていたのかもしれません。警察にみつかりそうになって、運んでいる品をその辺に捨てておいて、あとから拾いにくるケースがよくあるんです。
(ホールドアップしていた男たちが、笑顔で握手して立ち去る映像)
車内に麻薬はないようです。少々強引なやり方でしたが、仕事だってことで勘弁してもらいたいですね」

アフガニスタン南部での取り締まりがきびしくなると、取り引きが北部のタジキスタンに集中しはじめた。
国境のアムダリア河。
タジキスタンが独立し、ロシア軍の影響力が弱まったことは、麻薬密売人にとって思いがけぬ幸運だった。北ヨーロッパにむかうルートが開放されたようなものだから。
タジキスタンの首都ドウシャンベ。旧ソビエト時代の面影が色濃く残っている。ここには物乞いも麻薬常習者もいない。タジキスタンは麻薬密売と最前線で闘っている。

タジキスタン麻薬取締局を訪ねた。
ルスタム・ナザロフ局長は、強制捜査に同行したいというスタッフの申し入れには応じなかった。かわりに外国の部隊と協同の任務に当たったときの記念品をみせてくれた。
つぎに建物の地下に案内された。
大量の麻薬が保管されている。部屋中に息苦しくなるような匂いが立ちこめている。しかしこれは、ヨーロッパに流れる麻薬のほんの一部にすぎない。

ナザロフ局長 「これは麻薬をめぐる戦争です。密売人は金儲けしか考えていません。総力戦でぶつかっていかなければならないんです」

ナザロフ局長にかわり、補佐官がつづけて案内してくれる。
密輸業者が投獄されている建物に入る。

補佐官は語る。

「これは密輸業者の使っていたボートです。櫂でこいだんでしょう。ふたりのアフガニスタン人が、このボートで83キロのヘロインを運んでいました。ふたりは救命具のかわりに、からだにヒョウタンをしばりつけていました」

補佐官が手にしているヒョウタンの滑稽さが、投獄されているふたりのアフガニスタン人の必死さをあらわしているようにみえる。
スタッフは、彼らとの面会は許されなかったが、逮捕の様子を映したビデオを観ることができた。
アムダリア河を渡り、ヘロインを所持していたため逮捕された男性は、運んだら30ドルもらうはずだった。
この運び屋の男性はこれから21年間、刑務所ですごすことになる。


フランスのカレー

フランス北部の街・カレーは、フランスとドイツを結ぶ海峡トンネルの入口にある。
1日5000台のトラックが税関を通る。
麻薬の捜索は、干し草のなかから針を探しだすようなもの。
押収される麻薬の量はふえつづけている。2005年10月、フランスの税関は、1回の押収量の記録を更新した。しかもそのほとんどが、無防備にも隠そうとさえされていなかった。

税関の男たちの証言。

「密輸業者をみやぶる判断基準はありません。参考になるような特徴や犯人像が絞れないんです。発見できるのは、ごく一部でしょう」

「大部分がトラックの運転席の後部にそのまま積まれていました。2台とも連結部分の隙間からみつかりました」

「押収したのは夜でした。オランダからきて英仏海峡を通ろうとしていたトラックのなかに、灰色のヘロイン140キロが積まれていたのを発見したんです。これは国内新記録でした」

上記の説明とともにブルーの大きなカバンに入ったヘロインを映し、つぎのナレーションで番組は終わる。

そのヘロインはアフガニスタン製でした。麻薬撲滅への道のりは、はじまったばかりです

番組のオープニングとエンディングがフランスに関する映像であるところに、本番組の制作意図があるのだろうか。
アフガニスタンが麻薬を製造しているせいでフランスは迷惑している、という感触がぬぐえない。
なぜフランスの若者たちが麻薬常習者になっているのか?
それをテーマにした番組を観たいと思う。
比較するのもヘンだが、元ムジャヒディンのファヒームより、上記の若者たちのほうが、人間として崩れているように感じとれた。本番組の映像を観た限りにおいて。
また若者たちが麻薬を入手する資金については触れていなかった。が、その生活をつづけてゆけば、ファヒームと同じくホームレスの道を歩むことになるだろう。生きてゆくための食べ物より、麻薬を入手することを最優先する生活である。