2005年08月18日

岡静代と阿部薫から坂田明へとつづく

8/4の夜、NHK-FMにて放送された岡静代のリサイタルを聴く。クラリネットがこんなにも愉しめるとは、いままで知らなかった。(2005/5/24/東京オペラシティ・リサイタルホールで収録)
「ラッヘンマン/ダル・ニエンテ」を聴いていて、なぜか阿部薫の音が浮かんだ。岡静代の音には快感があるが、阿部薫は快感を拒絶する。わたしにはそう聴こえる。体調の悪いときに阿部薫のCDを聴いていて、堪えられなくなって止めたことがある。

阿部薫と鈴木いづみの狂的な関係を描いた『エンドレス・ワルツ』(稲葉真弓・河出書房新社)は、読むようにと貸してくれてたひとがいたので、わたしの手許にはない。もう10年以上まえのことだ。
「深夜のTV番組で阿部薫がサックスを吹く姿を観たことがある」というと、そのひとは一瞬、羨ましいという顔をした。モノクロだったにもかかわらず、阿部薫の顔が死人のような土色を帯びているように映ったのが、印象的だった。
なお『エンドレス・ワルツ』は、鈴木いづみの遺族から名誉毀損で訴えられたと記憶している。

29歳で夭折した阿部薫のCDを、わたしは3枚もっているにすぎない。
「アカシアの雨がやむとき」「暗い日曜日」「風に吹かれて」
CD3部作で、1971年に録音されたもの。71年〜72年が阿部薫の絶頂期だという。
阿部薫を発掘したのは、「ユリイカ」や「カイエ」の編集長だった小野好恵らしい。編集者としての小野の腕は冴えわたっている。遅ればせながら、「カイエ」のランボオとネルヴァルの特集号を入手してそう思う。とはいえ、なかなか読破できないでいる。歳月に晒されても品質が劣化しない雑誌だ。

このCD3部作に添えられているライナー・ノーツはどれも秀逸だが、活字が異様に小さい。
「風に吹かれて」のライナー・ノーツは、町田康と故小野好恵が書いている。(小野は49歳で他界したため、オリジナルCDライナーノーツより転載)
町田康によると、映画「エンドレス・ワルツ」の主役を演じた町田康が10代のころ、大阪のオレンジホールでサックス奏者のS氏が公演をした際、評論家のTに会うべくリハーサル中の会場に行ったが、来ていないので、そのまま帰った。後日、人づてに聞いたところ、S氏は「なっなんだ、いまの阿部薫そっくりの餓鬼は!」と、たいへんに厭がったらしい。

このS氏とは坂田明のことだろうか。
坂田明については、ひとつ忘れられない想い出がある。
近くに住む友人への年賀状に「NHKのTV番組『課外授業 ようこそ先輩』は坂田明のが一番よかった」と書いたのが予想外の作用をし、その友人から誘われて、近くのお寺で坂田明のサックスを聴くことができたのだ。彼女の職場は、そのお寺と関係がある。そして坂田明とわれわれの家は近距離だ。

2003年4月13日。4月だというのに夏を思わせるような強い陽射しに閉口しつつ、駅から目的地のお寺まで歩く。
境内で坂田明を発見した。だれも気づいていないようだ。よれよれのGパンにくたびれたシャツ姿は、まったく目立たない。しかしTVで観たのとまったく同じ感じ。
わたしが立つ場所から3メートルくらいの距離で、坂田明は「稚児舞い」を興味深くみていた。その姿をわたしは不躾なほど凝視してしまったのだ。こんなことは、もちろんはじめてだ。その視線に気づいた坂田明は、怯えはじめた。ストーカーのような眼つきをしていたのだろうか(笑)。写真を撮っていた友人が戻ってきて、「気にしてたよ」といっていたから、わたしの勘ちがいではない。

その後、舞台へと場所を移動した。坂田明が衣裳を替えていたので、ほっとした。

なま坂田明をみた感想。

 ・ふざけた感じがよい。
 ・場によって態度を変えない人間ではないか。
 ・身が軽い。
 ・世界からフリーという感じが、からだ全体から漂っている。

わたしが坂田明が好きなのは、広島県呉市に生まれ、漁師になるはずだった自分を肯定しているところだ。それは「課外授業 ようこそ先輩」にも表現されていた。

舞台の脇で坂田明のCDを売っていた女性が、「買えば、演奏後にサインをしてくれる」という。いままでサインには興味がなかったが、記念になるかもしれないと思い、演奏後に買うことにした。

坂田明は「○○○○○様」とCDを買った人間の名前を書き、自分のサインをしたあと、「2003.4.13」と記す。
わたしはほかのひとのように、自分の名前がどういう漢字なのかを説明するのがめんどうなので、住所と名前が書いてある手帳の最後のページをさしだした。
手帳を手にとり、「○○○○○さん?」と訊かれたので、「はい」と答える。ひとこと「『課外授業 ようこそ先輩』は坂田明さんのが一番よかったです」といいたいのだが、喉がひりついている。ひとこと言葉を発すると、雪崩現象を起こしそうな気配がありながら、わたしは黙していた。そんな場所で話しかけるのは非礼なのだ。
かつて山下洋輔のコンサート会場で、至近距離の座席にいたが、そんな妙な気分にはならなかった。しかもわたしは、坂田明の容姿に魅了されているわけではない。
坂田明は、不思議な存在感のある人物である。

かくして家でCDを聴くたびに、怯えきった坂田明が甦る。
ちなみにわたしが買ったCDは、下手な歌をうたっているので、サックスの演奏に入ると安堵する。
その相乗効果もあり、坂田明のサックスの音にはエクスタシーを感じるのである。



miko3355 at 15:16│TrackBack(0)音楽 

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この記事へのコメント

1. Posted by リーアン   2005年08月18日 17:18
はじめましてリーアンといいます。
ブログの紹介に来ました。
ブログの内容は、人気のブログやホームページを独自に評価して、人気のヒミツは何かを探し出すブログです。
今後の参考になると思うのでぜひ来てみてください。

2. Posted by miko   2005年08月19日 10:24
リーアンさま

コメントありがとうございます。
まだ知人にも紹介しておりませんし、読者のほとんどいない現状です。また今後も人気のブログとは無関係です。
リーアンさまのブログは拝見しました。