2005年10月19日

NHKのDNAとは?

わたしの実感では、10年ほどまえからガクンとNHKの番組の質が落ち、いまだに回復していない。また、NHK教育で文学に関する番組が放映されなくなった。なぜなのだろう。ドキュメンタリー作品がふえたが、質の劣化した番組が多いように思う。ときたま民放ですばらしいドキュメンタリーが放映されるのを観ると、NHKはだいじょうぶかと懸念する。
NHKという組織の内部事情は知らないが、番組制作者の質が低下しているとも思えない。NHK内部で、どのような現象が起きているのだろう。それは、いい番組を観たいという強い願望をもつ視聴者の減少とパラレルなのだろうか。

そんななか、2005/1/13にNHKの内部告発をした長井暁氏(番組制作局教育番組センターのチーフ・プロデューサー)の記者会見は、衝撃的だった。
実名と顔を晒し、職場生命を賭して内部告白した長井氏は、NHKの自己改革を望んでいるのだと、わたしはとらえた。番組制作者にとって限界を超えるほど、NHKという巨大組織の疲弊があるらしいと。

長井氏の行方が気になりながら、ネットで検索するという行為とは結びつかないままでいたのだが、先日、検索してみた。
じつに多くの「情報」があり、自分は安全圏に身をおきつつ長井氏を揶揄するにとどまるblogも多く、疲れをおぼえた。そういうひとの存在を知っておくのも必要かもしれないが。
遅ればせながら、自分なりに考えをまとめておきたい。
わたしが検索できたなかで、参考になったサイトは意外と少なくて、つぎのとおり。
最後ののみ、朝日新聞からの引用。

NHKを内部告発した長井暁チーフ・プロデューサーの記者会見(動画)――『ビデオニュース・ドットコム』

長井氏の1時間の記者会見の内容を動画つきで聴けるので、TVニュースから受けとった印象と、かなりちがう。
長井氏が内部告発のあらましを述べたあと、質疑応答に入った。朝日新聞の本田記者の質問が異様に多い。わたしが聴いた限りでは、記者会見より質疑応答のほうが興味深かった。

「告発による不利益はないか」という質問に、「不利益はあるでしょう」と答えてから、「わたしもサラリーマン。家族を路頭に迷わすわけにはいかない。…………」というあたりで、長井氏は涙声になり、ここでカメラのシャッターを切る音がつづく。
告発するまでに4年を要したのは、迷っていたこともあるが、妻(長井氏は「家内」と発言)の了承を得る時間も含まれていたとのこと。

pantomimeの日記」
長井暁CP記者会見のテキスト化(質疑応答前の13分間)


blog管理者が長井氏の記者会見(質疑応答のまえまで)を起こしている。このようなめんどうな作業をするのだから、長井氏を支持していると思ったが、2005/9/3で更新を中止する理由というエントリーを読んで、驚いた。長井氏に抗する側に立っていると推察される。
1984年生まれという若者で、豊かな感性のもちぬしだと思える文章なので、困ってしまう。マジメに保守化している若者像をイメージしたのだが、どうとらえたらいいのか。

上記テキストのなかで注目した箇所を引く。

《朝日新聞のほうに先に出てしまいましたが、朝日の記者の方が12月の下旬に接触がございまして、私としてはとにかくコンプライアンス通報制度の結果を待ちたいので、しばらく記事にはしないでください、ということをお願いしていたのですけれども、一ヶ月経ってもなんら成果をあげられないということを知るに到り、記事にされることを私は了承いたしました》

上記の「朝日の記者」は、本田記者を指すのであろう。

編集過程を含む事実関係の詳細(ファイルタイプ)

NHKが作成した資料のようだが、客観性があるので気もちよく読める。ひとつの定点からとらえた「事実」という意味で参考になった。

NHK番組への政治介入についての声明
東京大学教員有志


NHKニュースが死んだ日
メディアの「信用」は「番組」に内在する

(初出:『論座』、朝日新聞社、2005年6月号)
東京大学 大学院 情報学環 学際情報学府 / 総合文化研究科 言語情報科学専攻
石田英敬 研究室

い篭擇通っている。この声明の呼びかけ人のひとりである石田英敬氏が『論座』(朝日新聞社、2005年6月号)に掲載した文献がイ任△襦
石田研究室では「TV分析の知恵の樹」プロジェクトをすすめていて、このシステムを使って1月の「NHKニュース7」を分析した結果が紹介されているのを読み、ひどく感心した。
末尾で石田氏はこう記している。

《自己弁護に血道をあげるばかりに、NHKは番組づくりという基本中の基本の部分において、「信用」を失ってしまったように私には思える。ニュースとは、公共放送の「命」ではないか。抑制的でニュートラルで、バランスと秩序のある客観的な事実報道。情緒的、感情的な表現は避け、きっちりとした話法にもとづいたアナウンサーの語り―そのような、公共放送のニュースという、戦後積み上げられてきた公共メディアの「信用」が今回、失われたのである。そのことの負の意味を、1月のニュース番組を制作し放送した人たちは、十分に認識しているだろうか》

VAWW−NETジャパンのブログ

「すべてを疑え!! MAMO's Site<ジャーナリスト坂本衛のサイト>」

このサイトが、最も読みごたえがあった。長井氏の内部告発が、「NHK vs 朝日新聞」にシフトしていったことに不満があったので、そこを坂本氏がきっちり論じているのを読み、共感できた。
ここでは2つの項について、骨子だとわたしが判断した箇所を引く。

  【NHKに政治介入】

・NHKの特定の番組が、日本政府高官から干渉され、規律されたことは、放送法違反であり、憲法違反である。

・NHKは、政府高官からの政治的圧力に屈して番組を改変し、それが訴訟沙汰になっても、政府高官からの番組への干渉を隠していた。これは政府や政府与党に弱いNHKの最大の問題点を浮き彫りにした。受信料不払いへの影響は避けられないだろう。

・今回のような個別番組への政治介入は、1960年代から70年代にかけて、NHK・民放を問わず頻発していた。

・NHKの自主規制の枠を超えて、今回のような政府高官による露骨な番組干渉が露呈したのは、極めて異例なこと。それは、NHK教育テレビのETV特集という、NHKのメインストリートから外れた番組で、しかもNHK本体ではないNHKエンタープライズ21に加えて、企画段階から制作会社「ドキュメンタリージャパン」が深く関与していたから。NHKの正統である報道部門が、「従軍慰安婦」「女性国際戦犯法廷」などという企画を取り上げること自体、そもそもあり得ないこと。

・元内閣官房長官の安倍晋三は、1/13夜、テレビ朝日「報道ステーション」に登場し、朝日新聞記事に反論。「向こう側が説明に来たいといって、で、説明に来て、それに対して公平公正にお願いしますよ、と私は申し上げたわけですね。それが介入になるのかという事だと思うんですね」と語っているが、むろんそれが政治介入になる。

・元内閣官房長官の安倍晋三は、1/16、テレビ朝日「サンデープロジェクト」に登場して朝日新聞記事に反論した。
安倍晋三は放送法第3条の4「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」という規定を、単独の番組の中で実現されなければならないと考えているらしいが、この考えは改めてもらわなければ困る。
政治的な公平や偏向の有無は、1番組の中だけでうんぬんすべきではなく、一連の番組、シリーズ番組、ある期間に流れた番組全体などを見て、判断しなければならない。
      
  【NHK報道局「絶対匿名」座談会】 

海老沢会長辞任後、報道局員の30代中堅職員3人の座談会。
司会/構成 坂本衛(「サイゾー」2005年3月号)

この座談会がおもしろかったので、坂本氏おすすめの「徹底検証! NHKの真相」(イースト・プレス、2005/5/15)を昨日、入手した。管理職を含む現役記者たちの貴重な証言というのを読みたくて。
なお、坂本衛氏の明快な論理には同意できるとしても、田原総一郎を支持しているらしい点がわたしには不可解であり、困ってしまうのである。  

「日本ジャーナリスト会議」
特集・NHK番組改変政治介入問題


【(2005.3.31)「私たちのNHK」は可能か 公共放送の役割を討議」】と題して紹介されている「JCJ50周年NHK問題討論集会"どうするNHK"〜ジャーナリズムと権力〜」(3/5、岩波セミナールーム)の末尾に、会場からの発言がある。名前入りが4名、あとはA、Bと表記されている。名前入りの発言内容から、NHKの職員らしい。そのなかの発言に、「長井さんは3月から前の職場に復帰した」とある。
(蛇足ながら、上記発言者の名前が、わたしの敬愛する知人と同名なので、同一人物だと思う。彼に当blogを紹介するのに羞恥心があったが、本エントリーをアップしてからメールで知らせるするつもりでいた。そういうわけなので、昨日、彼の名前を発見し、不思議な気分になった。わたしがTV番組のむこう側に制作者の存在を意識するようになったのは、彼の存在が大きい。それはNHKに限らず、民放の番組を観ていても同じである。番組制作にかける情熱、モノづくりの原動力、映像人間の生態――といったことを彼から教わったのである)

2005年01月24日付け「日刊ベリタ」に、

《NHKの従軍慰安婦問題番組をめぐり、1月13日に内部告発会見に踏み切ったNHKの長井暁(ながい・さとる)チーフプロデューサーは、自宅に帰ることもままならず、都内のホテルに身を潜める生活を送っている。NKH関係者が明らかにした。また、別のNHK関係者によると、長井さんだけを孤立させることはあってはならないとの思いから「第二の内部告発会見」を行う準備を進めているNHK職員もいるという》

とあるのを読んで心配していたので、安堵した。NHK職員が長井氏を護ったという意味なのだろうか。3月から前の職場に復帰したとして、6月の異動でどういう事態になっているかが問われる。

「メディア関係者、NHK問題に関する緊急記者会見」

NHKへの政治介入問題などについて、1/18午後、参議院議員会館第1会議室(東京永田町)にて、メディア関係者らが「NHK問題に関する緊急記者会見とアピール」を開いたサイト。
発言者のなかから、つぎの2名の発言に興味をもったので、引く。

「ドキュメンタリー・ジャパン」の坂本香氏(女性)が、2001年7月に退社したということは、NHKから圧力がかかったと想像する。そうだとしたら、まったくやりきれない。長井氏を護るNHK職員はいたが、坂本氏は孤立無援だったのだろうか。

映像ジャーナリスト・坂上香さん
(ドキュメンタリー・ジャパン(DJ)の元ディレクターで、ETV2001・シリーズ『戦争をどう裁くか』の第3回目を担当した。番組改変問題を原因に、DJを2001年7月に退社)

 「短いインタビュー番組に答えるのが嫌だなと思いつつも、長井さんと『朝日新聞』を孤立させたくないと、私自身が4年前に1人で追い詰められていた時のあのような状態が起きてほしくないという思いを込めて、めちゃくちゃに編集されるかもしれないという危険を冒しながらも、いくつかのインタビューを受けました。でもそのなかには、私が制作した番組について、『そもそもテレビでは使えないテーマでしょう』と評するディレクターがいた。あるテーマをタブー視している、また、それを全然疑問視しないメディアがあることはとても哀しいと思います」

日本放送労働組合(日放労)の役員

 「長井を日放労として最大限に支援し、また人事的、物質的な利益に対して彼を守ることは、われわれの決意と責任としてやっていきたいと思います。昨日、仙台の方に行ってまいりました。80名ほどの組合員の中に、若手の中堅ディレクター何人かから、自分たち自身がやはり声を上げなければいけないという発言がありました。われわれは、そういった声を上げる人たちをどうやって守っていくのか、一緒に戦っていくのかということを、報道機関の労働組合として、大きな存在意義の一つとして取り込んでいきたいと新たに決意をしております」

2005/10/7付け朝日新聞に掲載された投稿、【私の視点】「公共放送 報道の価値と独立の再確認を」(門奈直樹・立教大学教授〔情報文化論〕)は秀逸。

BBCが公表した、昨年6月の「ニール・リポート」が紹介されている。

《同リポートは公開性と透明性を基調に「正確で、強い、独立した公正なジャーナリズムはBBCのDNA」であり、/深造叛騎里記公益性への貢献8正さと多様性て販性ダ睫誓嫻い蓮BBCジャーナリズムの五つの価値だ」と断言した》

BBCは、ニール・リポートの内容を反映させ、下請け会社にも適用した詳細な「編集ガイドライン」を作成したという。BBCは下請け会社に正当な報酬を払っているのだろうか。イラク戦争報道においても、BBCは、フリーの記者も正社員と同じ条件で扱わなければならないと決めていたらしい。それなら、下請け会社にも同じ対応をしているのだろう。
日本の制作会社は正当な報酬を得られないために(民放も含めて)、経営難に喘いでいるらしい。そこの対比も重要だと思う。局外の制作会社が番組を制作したケースでは、クレジットタイトルに制作会社名を公表する必要があると思う。

門奈氏は、末尾にこう記している。

《今、NHKには危機克服の戦略としてNHKジャーナリズムの価値を世に問う気概が求められよう。本当の危機は、ブランド力の崩壊にある》  

なお、上記┐離汽ぅ箸法◆據2005.2.28)BBCはガイドラインを公開】と題する門奈氏の文章(口語体)が掲載されている。そこから引く。

《イギリスでは1930年代から新聞界でも「中立」とは言わず、「インディペンデント」(独立)が原則とされてきました。「中立」は左右の真ん中という意味で、左右の極がどちらかに触れれば、真ん中も移動します。イギリスでは放送番組はバランス感覚をもって制作されなければならないとされています。
 その場合、一つの番組の中でバランスをとるのではなく、編成全体の中で多様な意見を提示していくのが、「公平」であり「公正」です》

  *

■ここまで書いて感じたこと。
NHKの真相はわからないが、公共放送として受信料を法的に義務化して、「NHKのDNA」といえるものを確立してほしい。不公平感のない受信料システムにすれば、いまより視聴者の負担は少なくなる。
視聴者として、いい番組を観たいという想いに尽きる。
  
■映像表現でしかあらわせない世界がある。
最近、感銘を受けた番組は、BSドキュメンタリー「エリックとエリクソン」〜ハイチ・ストリートチルドレンの10年〜(2004/4/3)。
ラストシーンで、双子のエリックとエリクソンが、無邪気に河のなかで水遊びをする姿を、カメラが遠景として映しだす。彼らの過酷な現実との対比をイメージし、成人したふたりの歩む道はちがってしまったが、子どもに還ったように戯れる姿が胸を打つ。
わたしの記憶では、NHK臭い音楽もナレーションも入らない静寂のなかで、この10年のふたりの成長と苦難がすーっと浮かんでくるところに、なんともいえない余韻が感じられる。ディレクターが女性だったと記憶している。

私見だが、NHKとBBCのちがいは、BBCの映像には悲惨な状況のなかにも力強さ、希望への光源が感じられる。自然なカメラワークで、NHKのようなツクリモノの感じがしない。
そういう意味で、上記の番組にBBCに近いものを感じた。

■「アルモーメンホテルの子供達〜がんと闘うイラクの家族〜」(2005/10/5)は、悲惨で観るのに苦痛があったが、いい番組だった。BSドキュメンタリーの再放送として総合で放映されたのだが、00:25〜01:15という時間帯は残念だ。
劣化ウラン弾に関する番組をNHKは自主規制しているらしいから、この番組の再放送は稀なのかもしれない。

それにしても数年後にイラク戦争における劣化ウラン弾の影響で、子どもたちの肉体にがんが巣くうかと思うと、やりきれない。そこを射程に入れているところが、この番組の怖さである。











miko3355 at 11:24│TrackBack(2)ジャーナリズム 

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1. TVからはじき出される個性  [ ハコフグマン ]   2005年11月18日 01:53
※すいません、以下の文章ちょっと加筆しました。  いま、こんな駄文をつづる精神状
2. 「エリックとエリクソン」を見て  [ peace*life ]   2006年07月12日 11:03
ハイチ。それは美しいカリブ海に浮かぶキューバとプエルトリコとの間に挟まれたイスパニョラ島の西側1/3を占める国。東側2/3はハイチとは異なる色彩をもつビーチリゾートの広がるドミニカ共和国だ。ハイチはアメリカ大陸ではアメリカに次ぐ2番目の独立国家で、世界初の黒人共...

この記事へのコメント

1. Posted by pohu-pohu   2006年07月12日 11:13
こんにちは。はじめまして。
エリックとエリクソンの再放送を見てから一年経った今、あらためて振り返ってみようと思い、ブログに書きました。
私もこのドキュメンタリーはかなり質の良いものだったと思っています。
2. Posted by miko   2006年07月13日 09:49
pohu-pohu さま

はじめまして。
コメントとTBありがとうございました。
pohu-pohu さまのblogを拝読しました。
たしかに、いつまでも記憶に残る番組でした。
とくにラストシーンがこころに沁みます。

下記のエントリーに番組についての感想をアップしています。
http://silhouette.livedoor.biz/archives/50388701.html