2005年10月27日

菊地信義が装丁した『仮面の家』との奇妙な出逢い

昨日アップしたエントリーのつづきとして、菊地信義の"装丁力"を実感した体験を記しておきたい。

1993年のある日、都内に住んでいたわたしは、家から徒歩10分の地点に建つ西武百貨店内にある書籍売り場・リブロの横を通りがかった。池袋店ほど大規模ではないので、リブロの売り場面積は小さい。時間がなかったが、通路側にある新刊コーナーを横目にして、本好きなわたしとしては無視するわけにはいかず、立ち止まって新刊書を眺めた。そのときに眼に飛びこんできたのが、『仮面の家』だった。
急いでいたので、手にとることもなく通りすぎたのだが、その本がわたしを呼ぶのである。わたしはあともどりし、その本の中身もみずに購入した。それほど時間がなかった。
知らない本を中身もみずに買うなんて、ふつうは考えられない。

衝撃的な内容だった。
1992年6月、高校教師夫婦が家庭内暴力をくり返す23歳の息子を刺殺した事件に迫ったルポルタージュである。
本の帯にある〈健全とみられる家族に潜む異常性〉という大きな文字が、突きささる。
〈装丁=菊地信義〉とあるのをみて、納得した。
著者の横川和夫氏の筆力に感心した。新聞記者らしい文章だが、好きな文体だ。

いまでも不思議なのだが、世間の耳目をあつめたこの事件について、わたしはまったく無知だった。隠遁生活をしていたわけではないのに、いったいなにをしていたのだろう。

昨日のエントリーを書いていて、なぜわたしが『仮面の家』の表紙にそこまで惹かれたかについて、考えさせられた。菊地信義が授業で訴えていた装丁の本質に、わたしの奇妙な体験がぴったりはまっていたことに、あらためて驚かされた。

『仮面の家』の表紙について、気づいた点をあげる。

”住罎じつにシンプルで文字のみ。画がない。
∋羲舛忘蚤腓瞭耽Гある。ざら紙のような感覚が、粗末な家というイメージを喚起する。
C秧Г琉貎Г里濟藩僉この茶色が視覚的に利いている。
 黒だと強すぎる。"潜む"というイメージが、この茶色にこめられているような気がする。
ぁ匆礁未硫函咾箸いκ源が白ぬきで、楕円形に囲まれているので、存在をアピールする。
ド宿住罎両緝半分弱に文字があり、帯をはずすと、下部に不自然な空白があるので、アンバランス。
 (そのせいか、わたしは読むまえに帯を捨てるのだが、この本については帯を捨てられない)
ξ表紙は、上部に小さくコードと定価が入り、あとは空白。

菊地信義は「課外授業」のなかで、3分限定とした。わたしは一瞬のうちに『仮面の家』の表紙に惹かれたのだから、われながら驚いてしまう。ちなみにこの速度は、ひとめ惚れの速度と同じである。

当時、周囲の人間たちに『仮面の家』を読むよう、やたらとすすめたおぼえがある。
で、この話には後日談がある。

『仮面の家』と出逢った翌年の4月、わたしは都内から事件の舞台となったU市に転居したのである。まったく予測していなかった。
娘はU市の中学校で、転入生として入学式を迎えた。
そこで体験したこと。

〔爾汎韻乎羈悗諒欷郤圓里覆で、とても親しくなった女性がいて、彼女の夫が消防署に務めていた。
 『仮面の家』の父親が息子を刺殺したあと警察に通報したとき、現場にかけつけた救急隊員とは同僚。
 そのときのなまなましい証言を聴かされた。
¬爾汎韻乎羈惺擦諒欷郤圓良廚裁判官だったので、『仮面の家』の事件の裁判官とは同僚。
 『仮面の家』の父親の誠実な人柄について聴いた話を、聴かされた。
L爾涼1のときの担任の先生(オリンピックの短距離走の選手)が家庭訪問にきた。
 わたしが『仮面の家』に触れると、
 「父親も刺殺された息子もよく知っているので、ヘンな書きかたをしているといやなので、読まなかった」
 と複雑な顔でいわれた。
ぬ爾涼羈惺擦法∋瓢Δ気譴紳子が通っていた中学校で、彼を教えた先生がいた。

土地には記憶が染みついているというけれど、その一端を感じさせられたのである。
なお、わたしが『仮面の家』をすすめた知人(都内在住)が、当時、地域の中学校で著者・横川和夫氏の講演を聴いたという。
横川氏には4人の子どもがあり、4人ともドロップアウトしたそうである。
『仮面の家』の刊行時、1937年生まれの横川氏は56歳。自己の体験が、この本に不思議な切迫感と牽引力をもたらしたのであろうか。




miko3355 at 15:47│TrackBack(0) 

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