2006年02月14日

世界 時の旅人「サガン その愛と孤独」〜瀬戸内寂聴」― 前篇

昨夏、なにげなくTVをつけると興味深い番組が映った。偶然にもBS2にセットされていたのが幸いした。
世界 時の旅人「サガン その愛と孤独〜瀬戸内寂聴」である。秀逸だったので録画しておきたく、再放送を願っていた。2005/11/22にBS2で再放送されたので、録画することができた。
(2005/4/29にNHKハイビジョンで放映されたのが初回)

NHK臭も含めて、さすがNHKだな、といいたいところだが、スローハンド制作である。

全体的にクラシック音楽が効果的に挿入されているのに感心した。サガンはジャズが好きだったらしいが、本番組の格調高いトーンにはクラシックが合う。主にピアノで、一音、トランペットが驚きを強調するために鳴る場面があった。
夏木マリのりきんだ語りはイマイチだったが、本田貴子の朗読(サガンの小説の一節)にはしびれた。じつにいい声だ。

フランソワーズ・サガンは2004/9/24に69歳で亡くなった。本名、フランソワーズ・クワレーズ。そのニュースを知ったときはショックだったし、69歳という年齢に感慨があった。わたしのなかでは、18歳のときに書いた処女作『悲しみよこんにちは』の口絵写真のサガンが脳裡に焼きついている。"少女"というイメージは、わたしにとってはサガンのこの写真以外には考えられない。ちなみに森茉莉は自分のことを"少女"だと認識していたらしいが、その容姿がわたしには受け入れられず、醒めた気分になる。森茉莉の作品は好きだし、人間性に興味もあるのだが。
わたしは"文学青年"を識別できるが、なぜか"文学少女"を識別できない。唯一"文学少女"を感じるのがサガンの容貌とほっそりした肢体である。日本人で強いて挙げるとしたら、久坂葉子だろうか。

幾度も読みかえした新潮文庫の『愛と同じくらい孤独』(インタビュー集)の表紙写真は上記の口絵写真と同じだがポーズが異なる。
モーリヤックがサガンを評して「小さな悪魔」といったらしいが、そんなイメージとは裏腹なサガンの孤独感が、謎としてわたしにつきまとっていた。
サガンのすべての小説を読んだわけではないが、やはり処女作にサガンの本質が貫かれているように思える。

サガンの死の直後、2004/9/30付け朝日新聞夕刊に作家・小池真理子氏が追悼文を寄せている。そこから引く。

《真の洗練とは、人生における否定的要素をいかに軽やかに表現できるか、ということに尽きると思うが、サガンは絶望や孤独、裏切りや心変わり、人生の悲劇をあくまでも淡々と、突き放すようにして優雅に明晰に描き続けた。私にとっては目を見張るばかりの新鮮な作家であった》

上記の記述が吹きとぶほど、晩年のサガンが孤独地獄に陥っていたことを、本番組は提示している。
晩年のサガンに冷徹な光を当てているのを評価したい。

瀬戸内寂聴(2005年当時82歳)にとって、サガンは永年憧れつづけてきた女流作家だった。
27年まえに出逢ったときの映像が流れる。
1978年9月10日、サガン43歳、寂聴56歳。
『悲しみよこんにちは』が世にでたころ、寂聴(当時は晴美)は32歳。サガンとの比較年表を寂聴は作成。
『悲しみよこんにちは』の印税は5億フラン(360億円)。生活は一変し、毎晩のように上流社会と交流。アルコール依存症。カジノで億単位のお金を使う。最初の結婚は20歳上の出版社の大株主で、サガンが口説いた。2番めの夫は彫刻家で、離婚。
寂聴は、サガンが生きて書いた証しを全身で感じたくてフランスへ。
サガンとかかわりの深い人物に逢うことによって、その内面に迫るという番組構成になっている。

◆ドニ・ウェストホフさん(42歳)

2番目の夫であるロバート・ウェストホフとのひとり息子で、離婚後も成人するまで一緒に暮らす。サガンは28歳のとき出産。目元がサガンによく似ていて、好青年という感じ。
彼と寂聴は、サガンが18歳まで暮らしていた家を訪ねる。彼は語る。成功してからはひっこしを繰りかえした。10回〜12回。環境を変えることが好き。鳩が嫌いで、窓から空気銃で狙い撃ちしていた。脅かすだけ。
つぎに1970年代、40代半ばのころ暮らした家を訪ねる。家賃100万円、3階建ての一軒家。中庭は当時のまま。サガンは小さな庭が気に入っていた。この家には各界の著名人が夜ごとやってきた。友人たちを招く。マーロン・ブランドも。家のまえにはカメラマンが押しかけていた。
「母は健康がすぐれず、金銭的にも多くの問題を抱えていました」

つづけてひとり息子である彼は語る。
母の相続人になるかどうかは、まだ決めていない。晩年はあまり仕事をしていなかったので、国税局から莫大な額を請求されている。相続人になると、権利と同時に借金も相続することになるから。そのうえ、作品の管理をきちんと行っていなかったため、その情報の収集だけでも苦労している。
遺言はおそらくないだろうが、まだわかっていない。母に対してもっている愛情や想い出と相続上の問題とを切り離して考えることは、とても重要なことだ。母の想い出はかけがえのないものだから。

晩年のサガンの姿を、寂聴は知らなかった。

◆アンドレ・ロックさん(72歳)

パリから南へ500キロ。山あいの小さな村カジャール。サガンが幼いころをすごした生家。石造りの家。村で暮らしているサガンの幼なじみが証言。
かわいかった。おてんば娘。当時の写真は、男の子ばかりで、女の子はサガンひとり。よく戦争ごっこをした。
のどかで静かな空気。幸せな少女時代。
9歳のとき、両親とともにパリへ。

◆フローレンス・マルローさん(72歳)

アンドレ・マルローの娘。サガンが亡くなるまで交際がつづいた。
18歳のとき同じ高校へ通っていた。サガンはヘンにつっぱるわけでもなく、だれよりも自由で、本のことしか話さない。プルーストを完読していた。当時のふたりはそっくりで、見分けがつかない。ふたりとも、子どものとき戦争を経験している。
フローレンス・マルローさんのサガン評。
「とてもかわいらしく、おどけた少女でいながら、齢を重ねて学んだのではなく、18歳ですべてを知っていたのです」

五月革命(1968年)

狭い上流社会を舞台にして恋愛小説を書きつづけるサガンに批判が浴びせられる。そんな声に対し、サガンはこういい放った。
「わたしは貧困や金銭的な難問題を経験したことがない以上、自分の知らない、あるいは自分が直接感じたことのない社会問題を語ったりして、うまく金儲けをすることはしないと思うのです。わたしの作品にはテーマがふたつあります。たしかにいつも同じです。恋愛と孤独」
                                       (つづく)









miko3355 at 15:49│TrackBack(0)TV・ラジオ 

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