2006年02月17日

仲畑貴志編「課外授業ようこそ先輩」

2006/1/25放映の「課外授業ようこそ先輩((NHK総合)は、コピーライターの仲畑貴志氏で、テーマは「見つけよう! 自分の言葉」。
制作 オルタスジャパン。ナレーター 吉田日出子。
仲畑氏には興味をもっていたので、期待感をもって観た。

オープニングシーンとして、つぎのコピーが画面いっぱいにあらわれるのが意表を衝く。

   生きるが勝ちだよ、
   だいじょうぶ。

コピーライター仲畑貴志氏(58歳)は37年間、人の心に届くコピーを創りつづけてきた。これまで手がけたコピーは2000本を超える。

かつてTVで流れたCMが挿入される。
市井のひとというイメージの70代後半の男が、決死の覚悟の面持ちで大車輪を軽々とやってのける。その苦しげな面相と若々しい身体のアンバランスが笑いを誘いつつ、妙な現実感を醸しだす。ひょっとしたら自分にも隠れたパワーが存在するではないかという虚しい錯覚。
リアルタイムでこのテレビCMを観た記憶があるが、なんの広告だったか失念。強壮剤だとしたらブラックユーモアだ。

◆自分にコピーをつける

仲畑氏が教室で、子どもたちの写真をはりつけたパネルをさし示す。全員のパネルを用意していて、ひとりひとりが自分にコピーをつけるのが課題である。

仲畑「上手にいおうと思ってる表現というのは心を打たないし、深度が浅いね。入っていかないよね。ほんとうだと思うことを表現すると、やっぱりいいコピーになるよね」

ここで時計が逆回転する。
番組制作スタッフの問いかけに仲畑氏は、
「どういうふうに気もちが届くかわからないからなあ。まあ、なりゆきだなあ」
といい、右手でステッキをつきながら京都市立新町小学校の門をくぐる。
6年1組34人の子どもたちが待つ教室のドアを開く。一見、リラックスしているようにみえる仲畑氏であるが、緊張感がにじみでている。
教室のドアを開くシーンが毎回登場するようだが、本番組の必須条件なのだろうか。わたしには疑問に思える。

◆もののなかに価値をみつける(仲畑流コピー)

教室にトマトが数コ運ばれる。

仲畑「これ、腐ったトマト。これを広告してみよう。このトマトのどこに価値があるのか。いいなあと思わせにくいよね、腐ってるから。そこをなんとかみんなの力で」

腐ったトマトの臭いに、キャーキャーいう声や、顔をしかめる子どもたち。

男の子「生き物がいっぱいなかにいそう」
女の子「動物のエサになる」
女の子「腐ってもタイの赤さ」
男の子「眠気も覚ますニオイ」
男の子「バツゲーム専用のトマト」(笑)

子どもたちが考えた結果を黒板に書きだす。

仲畑「これは、ぼくはいいと思うんだ、バツゲーム。すごいのは、すでにコピーになってるのね。価値が生まれてるよね。腐ったトマトでも、こういうひとつの視点を変えるだけで生きることができる。マイナスは逆転できるということと、つながるわけだね」

仲畑氏のプロフィールが挿入される。
22歳でコピーライターとなった。
喜怒哀楽を素直に表現してヒット作を連発。
34歳のときに、カンヌ国際広告映画祭金賞受賞。

   カゼは、社会の迷惑です。

   反省だけなら、サルでもできる。

   好きだから、あげる。

仲畑氏のオフィスを訪ねた番組制作スタッフに語っているふうにみえる場面。
仲畑「コピーライターとして狙撃型はカッコいいんだけど自信がなくて、オレは掻堀型。下からザルで掬うやり方なのよ。だから心にいかざるをえないね」

◆実感と共感がある言葉

教室で仲畑氏は、百貨店のポスターを示す。
白いイヌとネコの後ろ姿が仲よくならび、コピーが示される。

   私は、あなたのおかげです。

仲畑「イヌとネコ。これをなんとか仲ようさして。いばっている人ってきらいでしょ。いばってるお店ってきらいじゃない。"私はあなたのおかげです"という人は、つきあいやすい人でしょ。好意的な言葉だということが重要で、実感と共感がある言葉だということになるのね」

仲畑氏の板書→実感 共感

仲畑「実感と共感というのは、ふつうの心のなかにあるわけよ。コピー1コつくるのに、100コくらい、多いときは500コくらい文章書くんだけど、そのなかからこれでいこうと決めるんだけど、結局自分の心に正直にやるしかなくなってくるということでね」

コピーが書かれたパネルを仲畑氏は示す。

   生きるが勝ちだよ、だいじょうぶ。

仲畑「どういうふうに感じる?」
男の子「そういう言葉を聞くと、元気づく、励まされる」
男の子「それをいってもらえると、なごんだり、再出発の気もちを多く感じる」
男の子「"生きるが勝ち"とは、どういう気もちでつくったんですか?」
仲畑「生きるとか生きないということは、むずかしいことなんだけど……」

ここで仲畑氏の顔写真が挿入される。
カード会社のコピーとして、40歳のときにつくった。ノイローゼになり、死ぬことばかり考えていた仲畑氏にとって、自分自身を支える言葉でもあった。

教室の場面にもどる。
仲畑「つらいなあと思うことって、みんなあるでしょ。いろんなときにさ。ぼくも40をすぎたころに、突然ものすごくつらくなっちゃったんだよね。なんだかわからないんだけど。大げさにいえば、生きるのがつらいぐらいの気もちになって、3年ぐらいつづいたんだよね。生きていて、うまくいくことばっかりじゃないし、壁につきあたったりするときに、しんどいなあ、つらいなあと思うときに、だけどまたがんばろうと思いたくて、自分がいってほしい言葉になってるね」

仲畑氏が心情を吐露するのを聞いているひとりの女の子の顔を、カメラがアップ。
うっすらと涙を浮かべながら、その口元は泣くまいとしてがんばっているように映る。それが、仲畑氏に感情移入しているというより、裸の心をみせたおとな(先輩)に対して心を揺さぶられているようにみえた。実際は彼女の体験から共感していたのかもしれないが、わたしにはそのように感じられた。

◆授業1日目の宿題

仲畑氏が、子どもたち全員の写真をはりつけたパネルをとりだすと、笑い声が起こる。
パネルに自分のコピーをつける前段階として、自分のいいところ、願望、いまの自分をみつめて書く、というのが宿題である。

仲畑氏のオフィスに場面が移り、制作スタッフにいう。
「なんか武器をもってほしい。生きていくために、なにかつかまるもの」

スタッフとのやりとりが数回挿入されるのだが、必要だろうか。(スタッフの後ろ姿が映っている)。画がなくて、そういうやりとりがあったということを視聴者に感じさせる演出のほうが、わたしには好もしく思える。
もっとも、あれが仲畑氏のオフィスだとしたら、モノトーン(黒)ですっきりと片づいた空間であるところに、わたしは興味をもったのだが。

…………………………………………………………………………………

授業2日目

◆自分のいいところを考える

授業をはじめるまえに、仲畑氏はスケッチブックに書かれた子どもたちの宿題に目を通す。

教室に入る仲畑氏。1日目よりリラックスしている。

仲畑「人のいいところは、みつけやすいでしょ。自分のは、一番近いのにわかりにくいのは、なんでだろうね」

男の子「自分で考えたときは、いっつもやってることやから、自分でほとんどわかると思ってたんやけど、書いていくうちに詰まったりして、お父さんにきいたりして、客観的にみてはる人のほうが、よくみてはる」

仲畑「自分のいいところを自分が気づかないのは、もったいないよね。松田くんは、どうして長所のところに自分の欠点も書いたの?」

松田くん「いいところを考えているときに、お母さんにぼくの悪いところを聞いて」

仲畑氏が「マイナスとプラスと、どっちが考えやすい?」と問いかけると、「マイナス」という声があがる。テレがあって、自分のいいところは書きにくいかもしれないので、逆をやることにする。

◆自分の悪いところを探す

子どもたちがスケッチブックに書いたなかから、ひとつだけ黒板に書かせる。

仲畑「自信がないとか勇気がほしいというのは、だれにでもあることなんだけど、自分の心の根っこのところの、自分を支えるところが弱いのを心配するわけ。ぼくら齢上のおとなからするとね。マイナスというのは逆転できる。欠点というのは踏み台になってくれることもあるのね。あなたたち、未来がいっぱいある人は、出発点になるから、自信のない人に勇気づける言葉、贈る言葉、そういうものをやってみよう」

◆欠点は出発点――自信がない自分を勇気づける言葉をさがす

カーテンのなかで考えていた西本さん。集中したいという心理のあらわれだろうか。恥ずかしげに、でもちょっぴり得意げな顔でカーテンからでてきて、彼女はいう。
「なんか発表しようと思っても、この答えがまちがってたらどうしようって思って、結局は(手を)あげられへんかったりとか。そういうのを直したいんやけど、なかなか直せへんから」

恥ずかしがりの改森くん。

しっかり者の淺野くんは、友だちを励ます言葉を考える。

仲畑氏は、この3人に対して、それぞれのスケッチブックから核となる言葉を発見し、アドヴァイスする。

制作スタッフに仲畑氏が語る場面が挿入される。
「不器用なほうが、その人の個性をだして、いいのを書いてるね。必ずいいワードがなかに入ってるのがすごいね」

◆発表

黒板のまえに進みでて、自分の写真がはられたパネルを掲げ、自作のコピーを披露する。

〈久保田さん〉
ちょっとの勇気が希望にかわれるから

〈改森くん〉
はずかしがっても何も起こらない。

〈西本さん〉
君達だって主役さ。
――主役が輝いて見えるのは、かげで君達が支えてるからだよ。
        
〈足立さん〉
とびらを開けたしゅんかん元気づけたりはげましてくれる友達がいる。
      
〈湯浅さん〉
あなたも私も地球上で1人しかいないから大切なの。
      
〈淺野くん〉
自分の心に自信を持って心の花を咲かせよう。
      
◆6年1組の子どもたちへ

仲畑氏は子どもたちに、ひとつのコピーを贈った。
黒板に書きはじめる。

   私は、もっと私になれる。
   もっとチャーミングな私がいるから。

仲畑「りっぱに装ったコピーです。そんなにいいものだと思ってもらわなくていいです。残念なことに、ある技術でりっぱなことって書けちゃうんだよね。人間って、そういう怖いとこもあるね。テレビなんかみて、ヘンなおじさんがでてきて、りっぱなことをいっても、ぜんぜん感じないことって、きっと君たちいつも感じてると思う。そのおじさんはりっぱなこといってるけど、そういうふうにみえないということは、なんか問題があるわけでしょ。りっぱな言葉を感じさせるだけの人柄をもってなきゃいけないね。たった2日でなんにもできないんだけど、みんな相当うまくできてるから、1回こういうのをつくったのは、ひとつの記念みたいなものだから、あなたたちの今後のプラスになればよかったと思います。以上です。きょうは、ありがとうございました」

子どもたちの「ありがとうございました」が返ってくるが、感きわまっているのか、滑舌が悪いのか、はっきり聞きとれない。

仲畑氏が教室をでたところに、子どもたちが走り寄ってくる。「なんや、おまえら」と笑いながら、「年寄りを泣かすなよ」という感じでメガネをとる仲畑氏。男の子に話しかける内容から、仲畑氏がそれぞれの個性を把握していることがうかがえる。

校門をでて、解放感に満ちた仲畑氏が、姿なきスタッフに笑顔で語る。
「疲れたねえ。オレ、こんなんもう2度とやりとうないわ。疲れながらも、息苦しいのもあったわ。"心"だから。きつかったです。だけど、よかったです。最高でした。ありがとうございます。失礼します」

  *
  
■西本さんという女の子

番組のラストで西本さんがいう。
「あしたからがんばって発表したりして、変わっていきたいなあと思って」

この西本さんの発言に、わたしは異議を唱えたくなるのである。発表できるようになることが変わることだろうか。西本さんには表現者としての資質があるように思えた。それを伸ばすことのほうが大切ではなかろうか。

余談だが、わたしは小学生のころから、わかった者が挙手して発表するというシステムに違和感があり、わかっていても挙手しなかった。たいていの教師が、誤答をした子どもを否定する点においても納得できなかった。また、教師に当てられて誤答をした子どもを立たせたり、罰を加える教師が多いのにも辟易していた。それらは教えることではなく、単なるチェックにすぎない。
唯一それをしなかったのが、中学校の国語教師だった。彼女はユニークな授業を展開し、誤答をした生徒を肯定し、一方で褒めてもよい生徒を褒めることもなかった。卒業まえにサインをお願いしたら、「よい教師とは、いかに平等に子どもを愛せるかだ」と書かれていた。

■サントリー宣伝部

仲畑氏を最初に知ったのは、『ドキュメント サントリー宣伝部』(塩沢茂・日本経済新聞社・昭和58年)という本のなかだった。そこから引く。

《四十一年に京都の洛陽工高を出て、青果市場の店員などを経験したあと、サン・アドのコピーライター募集に挑戦、合格して開高、山口らに仕込まれ、売れっ子になった。だが、仲畑は「事務所や講座で覚えた技術より、店員時代のタコ部屋のような寮で、さまざまな人間と寝食をともにして、いろんな生き方と接した」経験こそ、コピー哲学の「広告することは人間を語ること」の根源になっている、と述懐する。トリスのテレビCM「雨と犬」で、一九八一年度カンヌCM映画祭グランプリを受賞している》

上記にあらわれている仲畑氏の人間観と、授業の最後に子どもたちに贈ったメッセージは符号する。
「カゼは、社会の迷惑です。」というコピーが仲畑貴志作だということを本番組で知った。感冒薬の広告だったと記憶している。
このCMがTVで流れたとき、わたしは「なんというセンスの悪いCMをつくってくれたのか」と驚愕した。いまもその想いに変わりはない。なぜなら、社会で忌みきらわれ排除されている被差別者の存在を、瞬間的に想起したからである。邪推だろうか。
いずれにしても、わたしはこの仲畑氏のコピーだけは、いまでも感心しないのである。
仲畑氏がこのコピーに込めた想いとは、なにだったのだろうか。
蛇足だが、わたしが観たいのは多田琢氏(CMプランナー・1963年生まれ)の「課外授業」である。

昭和58年(1983)、サントリーローヤルのランボーのテレビCMをみたときの衝撃を、わたしはいまでも鮮明に憶えている。感じのいい音楽が鳴り、「アルチュール・ランボー あんな男ちょっといない」というコピーだった。
こんなCMをつくってもいいのか、と驚愕しながら感心した。このCMがサントリー宣伝部を二分したという書評を読み、上記の本を読んだのである。
本を読んだあと、わたしはサントリー宣伝部に手紙を書き送った。いままで企業に手紙を書いたのは、これきりである。それほどランボーのCMが斬新だったのである。
しばらくして、サントリー宣伝部から返信がきた。女性らしい文章で、冒頭に「あれは外部の人間の書いた本ですから」という感じの体温の低い文章だった。末尾に「サントリーの商品をご愛飲ください」とあったのは、わたしがエビスビール(生の瓶入り)を買っていると書いたからだった。

■「BSふれあいホール 出会いのコンサート」

BS2で1/24〜1/26に放映された辛島美登里編は、オルタスジャパン制作らしいが、クレジット表記はそうなっていなかった。
3回とも愉しめたが、最後の回が最もよかった。

「鳥の歌」
 オカリナ奏者 宗次郎
 
「明日も会えるように」
 詞 辛島美登里
 曲 千住 明
 
「サイレント・ラブ」
 詞・曲 辛島美登里
 編曲  千住 明
 
「鳥の歌」は好きな曲なので、はじめて聴くオカリナの演奏もよかった。
「サイレント・ラブ」は、辛島の歌、千住のピアノ、宗次郎のオカリナが絶妙の世界を醸しだしていた。千住明には注目しているので、活躍を願っている。

「プロフェッショナル 仕事の流儀」

NHK総合の「プロジェクトX」のあとにはじまった新番組である。テーマ曲もいいし、意欲的な番組だが、NHK内部にプロフェッショナルを感じさせてもらいたいと、つい思ってしまう。正直なところ、いまの会長の顔をみていると、いつも暗い気分になる。トップを本番組に登場する人間のような挑戦的な顔に変換しないと、視聴者の支持は得られないだろう。

2006/1/31に登場したアートディレクター・佐藤可士和氏の発想はおもしろかった。いまの時代感覚を磨いている人物のひとり。佐藤氏のオフィスもシンプルで、見事に片づいていた。
同じ広告の世界に生きる仲畑氏と佐藤氏を比較して、考えを巡らした。

すみきちのキャスターコラムがおもしろい。モギケン(茂木健一郎)より、柔軟な脳を感じる。



トラックバックURL

この記事へのコメント

1. Posted by ムック   2006年02月23日 17:00

はじめまして。いろいろ参考になりました。機会があったらまた来ますので足跡残します。暇があったら見に来てください。
(^_^;)
2. Posted by miko   2006年02月24日 13:12
ムックさま

コメントいただきありがとうございます。
ムックさまはどんなCMがお好きですか?

今後ともよろしくお願いいたします。