2006年04月14日

お国のため  【エッセイ】

 20代のころ入社した出版社で、新入社員の研修が東京の四谷にある本社で行われた。明るくきれいな自社ビルだった。わたしは大阪支社から参加したのだが、全国の支社から新入社員が集合した。部屋のうしろに本社の社員が数名、授業参観をしている父母のように立っているのが、異様だった。

 2日めに社長の話があった。いかにもワンマン社長という面相で、わたしの苦手なタイプだ。
「国のために本をつくっている」というフレーズが、2回社長の口から飛びだした。そして3回めにそれを耳にしたとき、わたしの体内でなにかが臨界点を超えた。法律図書を刊行している出版社の社長だとしても、聞き捨てならぬ発言だ。と同時に、気づいたら挙手していた。
  質問の時間でもないのに挙手しているわたしを訝る社長に促されて、わたしは立ちあがり、怒りを顕わにした声で発言した。
「国のため、国のためとおっしゃいますが、国民のために本はつくらないのですか?」
 想像を絶する生意気な新入社員の発言に、ワンマン社長のからだがバランスをうしなって左右に揺れた。しかし2秒後には態勢を立て直し、生理的に拒絶したくなるような威圧的な口調でいった。
「国のために本をつくるということが、国民のために本をつくるということだ。わかったか!」
 ぜんぜんちがうじゃないか、と内心思いながらも、「はい」と、にらみつける社長の顔をみながら、あえて小さな声で応えた。一瞬にせよ、社長の態勢が崩れたことが痛快だったからだ。まだ許せる余地がある。

 わたしが最も興味をもったのは、編集部に案内されて、編集長から雑誌ができあがる工程について説明を受けたときだ。30代の編集長が美男子で華があったので、女性誌のほうがふさわしいのではないかと思った。しかし女性誌の編集長は、案外ドブネズミ色のさえない中年男だったりするのかもしれない。編集長がカメラマンを紹介したが、なかなかかわいい顔をした好青年だった。

 わたしは大阪支社で面接を受けるまえに、東京の本社から電話があり、「交通費をだすので、東京で面接を受けないか」といわれていた。当時、同い年で弁護士志望の男性と結婚する約束を交わしていたので、とても大阪を離れる心境にはなれず、即座に断ったのだった。もしそれを了承していたら、わたしは東京の編集部に配属されていたはずだから、わたしの人生は大きく変わっていただろう。それから10年後に東京に転居したのだが、結婚した相手も当初の男性とはちがっていた。
 時計を元に戻せるとしたら、東京の編集部に入り、そこから展開した人生を眺めてみたい。

 最後の日は、新宿にある有名店での会食。やはり本社の社員が数名混じっている。
 苦手な自己紹介をさせられ、わたしは名前のみを述べた。すると、本社の社員である男性から鋭い声でつっこみが入った。
「それだけですか!」
 わたしは当然のように、その発言を無視した。自己をPRするのはいやだし、名前だけ述べた社員はほかにもいたのだから。
 座がなごんだころ、わたしは社長に名指しで歌をうたうように命じられた。全員に指示したのならうたうが、自分ひとりなので納得がいかない。これもまた、わたしは無視したのである。その暗黙の意思表示にしらけた座の空気を読んだ女性が、すかさず立ちあがった。
「九州支社の○○です。沖縄の民謡をうたいます」
 舞いながらうたう姿は見事だった。
 沖縄のひとをはじめてみたが、血の温度が高いと感じた。
 わたしがうたうより、よほど彼女のほうが社長を満足させたはずだ。やれやれである。

 翌日、大阪支社の上司であるNさんに、研修会で社長に質問した件について報告すると、彼はまっすぐな眼でさりげなくいった。
「大切なことだよ」
 Nさんはわたしより6歳上で、本社から大阪に転勤してきばかりだったので、社長については熟知していた。のちにNさんの親友である社員から知らされたのだが、Nさんは社長秘書と婚約していたが、破談して大阪にやってきたという。さらに驚いたのは、あのカメラマンがその彼女に求愛したが、Nさんのほうを選んだらしい。
 そういえば、研修のときに知った女性社員がNさんを慕っているのに無視されている、という話を聞いた。その女性の友人は、Nさんが冷たいといって立腹していた。Nさんを慕う女性は、うつむいて苦しげにしていた。酷なようだが、わたしの眼からみても、彼女とNさんは似合わなかった。けれども恋する彼女の想いは、わたしに切なく伝わってきた。言葉をかけることはできなかったけれど。
 Nさんはたぶんモテるのだろう。容姿に恵まれていたし、父親が大学の先生をしているという家庭環境のせいか、どことなく育ちのよさが感じられた。大阪支社より人数の多い本社は、複雑な人間模様が展開されているのだろう。

 その年の夏、伊豆にある会社の保養所に、全社員が集まった。舞台を備えたお座敷に数名の芸者があらわれたとき、座が騒いだ。いかにも社長好みの設定だと、わたしは苦笑いした。
 社長の命令で、東西に分かれて順番に歌をうたわされた。全員なのでわたしは拒否できず、うたった。伴奏なしなので、かなり苦痛だ。全員がうたい終えたとき、驚いたことに社長は10点満点でつけた点数を社員名とともに発表し、東西の合計点を示しながら、どちらが勝ったかまで伝えたのである。救いがたい人間性である。

 翌日は海で遊ぶ。浜辺に座っていると、編集長が近づいてきた。編集部からわたしはある仕事を依頼され、それがわりに評価されたので、その件について話しかけてきたのだ。わたしは興味のある人物にそっけなくする性癖があり、そのときも冷たい眼で接したので、彼はすぐに離れていった。後日Nさんから聞いた話では、編集長がにじり寄ってきて、わたしのことをいろいろ訊かれたそうである。全社員が一堂に会するのは、意味があるのかもしれない。

 その夜、宴席の舞台で社員が自由に歌をうたっていた。社長がまた、わたしにうたえという。無視していたら、支社長が飛んできて、拝むようにいう。
「○○チャン、お願い、うたって」
 それでもわたしのからだは動かなかったのである。どうしても動かないのだ。しばらくしてふと舞台をみると、Nさんがうたっているではないか。距離があるのと、周囲がうるさいので、歌はよく聴きとれなかった。
 当時のわたしが若い女性だったから許されたのだが、もし男性だったとしても、わたしの態度は変わらないだろう。もっとも、男性なら社長に歌をうたえと命じられることもないのだが。
 そんな性癖は、いまも変わらない。そのためにいやな想いや損をしたが、それでいいと思っている。

 わたしはその会社をわずか1年半で退社した。
 短かったけれど、さまざまな体験をした濃密な日々だった。
 社を去る日、支社長が社長室に電話をし、わたしに挨拶せよという。気が重い。
 社長はいつもよりしゃがれた声でいった。
「残念だな……。また遊びにきなさい」
 最後まで好きになれない社長だったが、いつになく元気のない声を聞いたとき、すこしだけ申し訳ないという気分になった。
 受話器を置いて、「また遊びにきなさい、といわれました」と報告した。
「社長もいいとこあるよなあ!」
 支社長は明るく無邪気な顔で、そういった。






miko3355 at 13:08│TrackBack(0)小品 

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この記事へのコメント

1. Posted by 小向   2006年04月17日 10:05
 新入社員が研修を受ける季節ですね。体験談を読ませていただき僕も少し思い出しました。なつかしくもあり、あまり思い出したくない経験でもあり、複雑な感情が湧きます。
 僕も大学を出てからすぐに入った会社で1ヶ月研修を受けました。異和感をすぐおぼえましたが、結局2年数ヶ月居ました。当時は終身雇用が当たり前の時代で、辞めることがなかなか大変でした。
 モラトリアムという言葉がありますが、僕の就職もそういう気分だったと今思います。
2. Posted by miko   2006年04月17日 13:23
小向さま

本エッセイがどう読まれるか、かなり疑問でした。小向さんが、なんらかのかたちでご自分の人生の一コマを想起されたとしたら、うれしく思います。

3歳のときの体験から、わたしは一貫して反権力の側に立っています。思想は、いうまでもなく日常の場面においてどういう行動をとるかにあらわれますからね。
富永太郎に反権力の思想があるところが、わたしは好きです。H・Sの境遇に同情したのも、そこに起因していると思います。
3. Posted by 小向   2006年04月17日 15:51
 反権力という視座は僕も大事だと思っています。特に平和をおびやかすような動きが現与党にあれば十分気をつけなければなりません。

 富永太郎は反権力を超えて反人類という感情を持っていた人のようです。

 哀れな欲望過多症患者が 人類撲滅の大志を抱いて、
 最後を遂げるに間近い夜だ。(「橋の上の自画像」)

 こういうアナーキーで過激な言葉を吐いても、どことなくユーモアを持って自分を見つめているようなところがあって、富永太郎のそういう気分が僕はとても好きです。

 
4. Posted by miko   2006年04月18日 09:51
小向さま

ボードレールの「いずこなりとこの世の外へ」につながる思想ですね。

年齢を重ねることで、若いころにはごまかせた思想というものが、ごまかしようもなく貌にあらわれてくるのは怖ろしいことですね。
TVに顔を晒すと、意外とそのひとの内面が露呈します。
いい面相の政治家の現出を、こころから望みます。年金にしても、やり方によってはこれほどひどくならなかったらしいです。外国の例をだしてラジオで説明しているのを聴いたことがあります。医療制度も崩れはじめましたしね。