2006年06月22日

山崎 貴の課外授業「豊かさって何だろう」

2006/06/03 放映の課外授業(NHK総合)は、山崎 貴さん。
1964/06/12 生まれ。41歳にはみえない若々しさがあり、カッコいい映画監督だ。
2005年、監督第3作目「ALWAYS三丁目の夕日」において日本アカデミー賞の監督賞を受賞。
ナレーター・三浦友和の声がちょっと重い。
制作・オルタスジャパン

本番組トップの画面を眼にした瞬間、気づいた。TVではなく映画の画像だなあと。しかもノスタルジックな西岸良平・作「三丁目の夕日」の世界なのだ。
専門的なことは知らないが、画像を工夫することで昭和30年代を彷彿とさせる視覚効果を狙っているのだろう。
ついでながら、数年まえに放映された村上龍脚本のドラマ「最後の家族」(テレビ朝日)も、映画の画像だとわたしには感じられたので、不思議な気分になったのを憶えている。

山崎 貴というパーソナリティーから、つぎのような感じを受けた。

.▲ティブでラフ、かつテンションが高い。
∋劼匹發燭舛搬佚に接していて、先輩面しない。
子どもたちの反応をおもしろがっている。
ね招廚別榲意識を感じさせないぶん、軽やか。
ス板のまえの山崎さんを囲むように机が配置されているので、座談の雰囲気。
ν靴售恭个亮業。

以下、番組を順に追ってゆく。

映画館で「ALWAYS三丁目の夕日」鑑賞

番組は、山崎さんがつくった映画「ALWAYS三丁目の夕日」(2005年公開/2時間13分)を子どもたちに観せるシーンからスタート。
映画の舞台はいまから48年まえ、昭和33年の東京。こころが豊かな時代。
おもしろそうに顔を輝かせ、映画に魅せられる子どもたち。

映画を観た感想

北アルプスを臨む長野県松本市が山崎さんのふるさと。
松本市立本郷小学校の教室に移動。ドアを開いて教室に入る恒例のシーンがカットされている。わたしはあのシーンをみるのが苦痛だ。わたしの独断と偏見によると、教室のドアを開いたときの体感は、映像で表現できないと思うので。

山崎  「お疲れさまでした。映画はどうでしたか。あそこの世界のひとは、どう思ったかな」
男の子 「のんびり暮らしてて、そこら辺に歩いているひとが知りあいとか友だちとか、そんな関係でよかった」
山崎  「いいなあと思った。うん、うん、うん。ほかにありますか」
加奈子 ……(聞きとれないので、テロップが必要)
山崎   「あそこはいやだ、というひといる?」
大樹  「いまだったらおいしいもの食べれるし(笑)、ゲームとかもできる」

映画を観て感じたことを、子どもたちが黒板に書きだす。山崎さんの敏捷な動きにつられたのか、映画の余韻が残っているのか、子どもたちの動きもすばやい。
子どもたちは、家族とかひとの関係に注目している。
家族のもつやさしさや友情の大切さ。この映画をつくるなかで、山崎さんがあらためてかみしめたことだった。

山崎 「いまの生活とちがうある種の豊かさみたいなものに、みんなが反応していると思うんです」

映画「ALWAYS三丁目の夕日」の撮影風景が挿入される。課外授業の山崎さんとあまり変わらず、監督然としていないようにみえる。

[映画のキャッチコピー]……空き地で数人の子どもたちがフラフープで遊んでいる映像

    携帯もパソコンもTVもなかったのに、 
    どうしてあんなに楽しかったのだろう。  

山崎さんが制作スタッフに語る 
「便利さゆえに、ずいぶんいろんなことにこころが動かなくなったなあと。携帯もパソコンもTVもあるのにつまらないよね、という状況を打破して、閉塞感をくずしていく方法のひとつがみつかればいいかな、と思ってたんです」

昭和30年代はじめの世相 

黒板のまえ。白いボードに貼られたモノクロ写真を、子どもたちにみせる。
映画と同じ昭和30年代はじめの世相を映した写真。

山崎 「じつはぼくは昭和39年生まれなんで、昭和33年には生まれてなくて、『ALWAYS』の世界はぜんぜん知らなかったんですよ。こういう資料をいろんなところから集めてきて、勉強してつくりました。きみたちにも、この時代のことを調べてもらいたいんだよね」

写真を3つのテーマに分ける。
[家族] [友だち] [近所]
それぞれ、いまとはなにがちがうのか。発見することからはじめる。
グループに分かれて、みつけたちがいを書きだす子どもたち。

  50年前はぼうずとおかっぱが多かった

  昔の地面は土でできている


【発表】

家の外にある水道のまえにそれぞれのタライを並べ、数人の女性が洗濯している写真 

女の子 「50年まえは、みんなで集まって洗濯をしている」
山崎  「なんでだと思う?」
男の子 「みんなで情報を集めていたんじゃないか(笑)」

和室で家族そろってTVに見入っている写真 

男の子 「50年まえは、みんなで口とかあけて、真剣にTVを観ている(笑)」
山崎  「鋭いね(笑)。これは鋭いね。TVを観ている姿勢がちがうよね、食い入るように」

数人の子どもたちが竹馬で遊んでいる写真

大樹  「50年まえは、遊び道具が少なかった」
山崎  「なるほど。でも愉しそうだよね」

【宿題】

山崎 「きょう帰ったら、当時のことを知ってるひとたちに、いまとちがってよかったと思うことを、できるだけたくさん探してきてもらいたいんです。取材をしてきてください。あした、それを発表してもらいます。できる?」

山崎さんは子どもたちに、自分の体験を語ることで、子どもたちに宿題の意味を理解させようとする。
「ALWAYS」という映画をつくるときに、昭和30年代はどうだったかと、取材をしてみた。昭和33年というのは、東京が戦争で焼け野原になって、バラックという小屋みたいなものを建てて暮らしているうちに、だんだん社会ができあがっていったという時期だから、達成感の途中。みんなが国をつくろうと思ってつき進んでいった時期なんで、そこが愉しい気もちにつながったんじゃないかなあということを発見して、「ALWAYS」という映画をつくった。

「じゃあ、あした、宿題愉しみにしています。お疲れさまでした」と山崎さんはいい、一礼。
子どもたちも「ありがとうございました」といいながら一礼。

授業2日目 

校庭を歩いて教室にむかう山崎さん。制作スタッフにきのうの授業の手応えについて訊かれ、歩きながら応える。
「体感できるかどうかがむずかしいテーマなので、うまく伝わっているかなと思うんですけど、きのうの宿題にかかってますね。面白味をみつけてくれてればいいんだけど」

ごく自然に「おはようございます」と山崎さんはいいながら、開いているドアからするっと教室に入る。朝一番らしく、山崎さんのあとからランドセルを背負って入ってきた男の子がいた。着席していない子どももいて、教室の空気はリラックスしている。
山崎さんはさっそく子どもたちがスケッチブックに書いてきた宿題に眼を通し、言葉をかける。

  家族みんなでご飯を食べたい

  一番年上のひとが《親方》になって、めんどうを見てくれた

  料理を作ったら、ご近所にあげたり、もらったりしていた

  兄弟が多くてにぎやかだった

  仲間はずれにしなかった

  地域のみんなで子育てをした  

制作スタッフに感想を述べる山崎さん。
「家族の横のつながりとか、近所の横のつながりとか、あと、子どもたちの縦のつながり。コミュニケーションへの憧れが多いような感じでいってましたけどね、うん」

山崎さんは、子どもたちに新たな課題をだした。
「なにがあの時代はよくて、いまの世界でそういうふうになるためには、なにをどうしたらいいのか、ということを考えてみてください」

子どもたちは教室をでて、想いおもいの場所で考える。
子どもたちのスケッチブックを個別にみながら、山崎さんはアドヴァイスを与えることで、より深く考えさせようとする。

【発表】

子どもたちを昭和30年代のはじめにタイムトラベルさせようと、山崎さんは合成システムを用意していた。選んだ写真のなかにひとが立っているように映る。
山崎さんが実演すると、喜ぶ子どもたち。

山崎 「よかった。受けたね(笑)。じゃあ、よろしくお願いしま〜す」(拍手)

チホさん (←名札がみえない)……合成写真=竹馬で遊ぶ子どもたち

「一番わたしがいいなあと思ったのは、自分たちが遊ぶ道具を工夫してつくったということです。工夫したおもちゃが完成したとき、とても達成感を感じると思うからです。それを実現するには、なんでもモノを買わないで、お父さんやおじいちゃんなどにきいてみて、つくってみたいと思います」(拍手)

山崎さん→満足げにうなずく

諒くん……合成写真=5人家族がそろって食事をしている

「家族みんなで食べるとにぎやかで、ひとりで食べるよりはすごく愉しいと感じたので、家族みんなで食べるという昔やっていたのを、いま実現したいと思いました。ぼくがお父さんに『ご飯の用意ができたよ』と電話して、『もう少しで帰る』といったら、しんぼうすれば、1〜2回でも家族みんなでご飯を食べられると思いました」(拍手)

山崎さん→うれしそうに肩を揺らして笑う

奈々さん……合成写真=木製の台を囲み近所のひとが遊びに興じている(夜店?)

「わたしが知ったことは、近所どうしの関係が、いまよりもずっとずっと濃いということです。いまはほとんどありえないことでも、昔はふつうにやっていたことがすごいと思いました。近所の交流があると、すごく温かい感じがするからです。どうすればそういう行事をいっしょにやれるか、助けあいができるか。わたしはあいさつに関係があると思います。大きな声であいさつをすると、より仲よくなって、新しい関係をつくることによって、広いこころをもつことができると思います。広いこころをもつことが助けあいにつながると、わたしは考えています」

奈々さんの発表に対する感想を制作スタッフに語る山崎さん。
「ほんとに、ああ〜っと、眼からウロコの感じだったんです。あいさつすると顔みしりになるし、そうすると、ちょっとしたことでも話ができるし、す〜ごいシンプルなことだけど、な〜るほどと思ったんです。コミュニケーションの一歩目だよねということを、す〜ごい思ったんですね」

加奈子さん……合成写真=集団登校する子どもたち

「おばあちゃんの時代では、ケンカをしてもすぐに仲直りをしたといってました。これはやっぱり相手を思う気もちがたくさんあったからだと思いました。どうすればいいか。それはとってもむずかしかったです。わたしの考えは、自分から行動する、いろいろなひとに話しかけるようにする。これはどれも勇気がいると思います。でも勇気があったほうが、挑戦したりできるような気がします。でもふつうに、気楽にできるような方法は、まだわかりませんでした。けど自分を探すような感じで、この2日間はとても愉しかったです」(拍手)

山崎さんのコメント

山崎さんは子どもたちに、ほほえみながら語りかける。
「ALWAYS三丁目の夕日」のノスタルジーあふれる主題歌が、小さめの音量でバックに流れつづける。

「この2日間で、昭和30年代ということをテーマにして、いろいろ考えてきたと思うんですけど、なにを伝えたかったかというと、昔にいいことはすごくあった。いまも、もちろんいいことがいろいろある。で、ぼくらはタイムマシーンもってないから、昭和30年代には返れません。だから昭和30年代に返ってあそこで暮らしたいということよりは、いまこれから、とくにきみらは未来をつくっていく世代だから、どうやって生きていったらいいのか、どういうことに気をつけてやっていったら、いまよりもっといい世のなかになるのか。そういうものにむかっていくためのヒントみたいなものが、昭和30年代には隠されているんじゃないかなというふうに思ってたんです。それをみんなに発見してもらった。ひとから教えてもらったことじゃなくて、自分のなかでどうしたらいいのかということをみつけた。自分でつかまえたことというのは、なによりおっきなことだから。ぼくも気づいてなかったようなことを、いろいろなひとが気づいてくれたんで、すごくよかったと思います」

ラストシーン 

校舎を背にして足早に校庭を横切る山崎さんに、「さよなら」という子どもたちの元気な声が降りかかる。山崎さんがふりむくと、校舎の出入り口付近に豆粒ほどの人影となった子どもたちが手を振っている。
その遠景に「バイバイ」と大声を発し、手を振る山崎さん。

本郷小学校に一陣の風が吹きぬけた……


〔参照〕 

山崎 貴

「ALWAYS 三丁目の夕日」(フリー百科事典『ウィキペディア』)

「ALWAYS 三丁目の夕日」公式ホームページ










トラックバックURL