2016年09月14日

村田沙耶香「コンビニ人間」

村田沙耶香「コンビニ人間」をおもしろく読んだ。
芥川賞受賞にふさわしい作品だと思う。

読みおえて感じたのは、「コンビニ人間」というのは「コンビニ人間」というロボットなのだ、と。
コンビニという職場空間で有能なロボットが、主人公である古倉という36歳の独身女性だ。
小説では「私」という一人称で語られているが、古倉には感情がなく、小説に登場する人間であるかのように自分自身をとらえている。
古倉の他者を観察する眼力は鋭いが、想いをぶつけることはない。

古倉は大学1年生のとき、1998年5月1日にオープンしたスマイルマート日色町駅前店にアルバイト店員として働きはじめる。
大学卒業後もそのままアルバイトをつづけ、勤続18年になる。
店長は交替して、いまは8人目だ。
古倉はコンビニの店員としてはマジメで有能だが、見下される職業として描かれている。

「針金のハンガーみたいな男性」と形容される白羽が、アルバイト店員として加わった時点で小説が加速しはじめる。
わたしが登場人物のなかで妙なリアルさを感じたのは、白羽という男だ。
婚活のためにコンビニを選んだという白羽は、コンビニ店員を差別しながら、本人は無能力である。
白羽は女性客にストーカーのような問題行動を起こすようになり、警察沙汰になるまえに店長の判断でクビになる。
履歴書によると白羽は、大学を中退して専門学校に行き、そこもすぐにやめている。

「使える道具として働いている」という自覚のある古倉は、白羽が異物として排除されたことを、他人事とは認識していない。
古倉は子どものころから、家族を含む他者から異物視されているという怯えをひきずっている。

ある日、店の外で女性客を待ち伏せしていた白羽をみつけた古倉は、近くのファミレスに誘う。
自分に対して差別発言を連発する白羽を冷静に観察する古倉は驚いたことに、白羽に自分と婚姻届を出さないかと提案する。
それがムラ社会に従うということになるなら、古倉にとっても好都合だという理屈である。
白羽は寄生虫として、古倉の古いアパートの浴室に引きこもる。
そしてエサを与えられながら、相変わらず空論を放ち、古倉を口撃する。

古倉は、家族や友人たちの安心のために、18年間勤務したコンビニ店員を辞めた。
店長を含む同僚たちは、白羽という無能力な男と同居している古倉を、なぜか祝福してくれた。
根拠のない安心感である。

指令のないロボットと化した古倉は、自堕落な生活を送るようになる。
自分を養うために古倉を定職に就かせようとして白羽がみつけた派遣社員の面接の日、古倉は暴走する。
トイレに行こうかと入ったコンビニで、「コンビニ人間」というロボットとしての古倉にスイッチが入り、雇われてもいない店で機敏に働きだす。
店員は怪訝な顔をしながらも、スーツ姿の古倉を本社の社員だと思ったらしく、古倉の有能さに驚嘆する。

「コンビニ店員という動物である私にとっては、あなたはまったく必要ないんです」と古倉は白羽に宣言する。
新しい店で、「コンビニ人間」として働く古倉というロボットが復活したのである。

いまや、大学を卒業しても非正規社員として働く若者は多い。
白羽の背後にいる、自己肯定感をもてない若者の現実が気になったのが最大の読後感である。
これは性別を問わない。

一方、いま落合陽一の『これからの世界をつくる仲間たちへ』を読んでいる途中なのだが、コンピューターに陶太される人間が想定されている。



miko3355 at 16:19│TrackBack(0)文学 

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