2007年06月27日
「ネットカフェ漂流」
「起きて半畳寝て一畳」というが、ネットカフェ難民においてはその一畳分のスペースがない。小さく仕切られた窒息しそうな個室でパソコンをまえにし、リクライニングシートに身を沈めて眠るのである。
わたしが最初に「ネットカフェ難民」に関するTV番組を観たのは、2007年1月28日深夜に放映されたNNNドキュメント’07「ネットカフェ難民―漂流する貧困者たち」(日本テレビ)だと記憶している。
その後、NHKで放映された番組も観たし、その他のメディアでとりあげられているのを見聞きしたが、格差社会をみせつけるだけで、取材する側の意図が伝わってこない。いつもやりきれなさだけが残った。
そんななか、6月24日(日)の深夜2:35〜3:30に放映された第16回ドキュメンタリー大賞ノミネート作品 「ネットカフェ漂流」(制作:フジテレビ)は秀逸だ。
たまたま同日(正確には6/25)0:50〜1:20に前述のNNNドキュメントで「ネットカフェ難民2」が放映された。
「ネットカフェ漂流」では、まず松田洋治のナレーションがいい。制作者の真摯な態度が伝わってくる。わたしはドキュメンタリー番組において、ナレーションの内容にも注目するが、ナレーターの声質に不協和音があると興ざめなのだ。
ディレクターの高橋龍平(20代)が、取材を重ねながら自分の膚で感受したことを元に、混乱しながらも自分の頭で考えようとしている姿勢に好感をもった。
わたしが最も印象に残ったのは、日雇い派遣の仕事をしているTさん(番組では本名が明かされ、顔にぼかしは入っていない)である。
高橋ディレクターと同世代のTさんは、小学生時代に離婚した両親からひどく裏切られたことで、こころに大きな傷をもっている。身綺麗にしているので、高橋と並ぶと、一見どちらがディレクターかわからない。
孤独地獄に陥っているTさんは、ネットカフェでblogを書いている。ということは、なんらかのかたちで不特定多数の他者とのコミュニケーションを求めているのだろう。
取材を重ねるうちにうち解けてきたTさんは、カメラのまえで生い立ちを語りはじめる。
そしてさらに困窮したTさんに高橋ディレクターは、おずおずと自立生活サポートセンター「もやい」を紹介する。
その後、連絡が途絶えたことで、高橋ディレクターは、自分が「もやい」を紹介したことでTさんを傷つけてしまったのではないかと悩む。
しばらくしてTさんから携帯にメールが入り、約束の場所にあらわれたTさんは、「もやい」を訪ねる意思を固めていた。頑ななTさんがこころを開いた瞬間に、思わず目頭が熱くなった。わたしにしては珍しい現象だが、それほど「ネットカフェ難民」は深刻なのだ。ポーカーフェイスのTさんは、それでも笑顔をみせるには至らない。そこがかえってリアルだ。
身内に裏切られたTさんが他人のサポートで救済されるところに、わたしは安堵する。
「もやい」で的確なアドバイスを受けたTさんは、ネットカフェ難民によるムダな出費を排除し、労働に堪えられる身体を確保するためにアパートを借りることを提案され、こころが動いたようだ。「もやい」が連帯保証人になり、多角的に支援するのだ。まず生活保護を受け、アパートの敷金をつくる。その後、仕事が決まった時点で生活保護を打ち切るという提案に、Tさんは不承不承ではあるが同意するつもりらしい。Tさんは最後のプライドを捨てなければ生きていけないほど切迫していたのだろう。しかしアパートを借りても、日雇い派遣では楽観視できないだろうと、心配になった。しかしいまは、プラス思考をするしかない。
都会では当面のお金があれば住居がなくても暮らせる。お金が尽きたとき、ホームレスの道へ転落する。
高橋ディレクターは、現代日本の社会問題の縮図がネットカフェ難民に集約されている、という視点に立つ。そこが新鮮だった。取材を経てそこにたどりついたところに、この番組の重さがある。
30代のサラリーマンにうつ病が拡がり、退職や休職に追いこまれているという。企業が20代の雇用を控えたために、30代の社員に過重な負荷がかかっているらしい。うつ病という病歴があると、よほど企業に理解がないと再就職はむずかしいだろう。
効率主義と弱者斬り棄ての社会は、いま、社会から脱落していないひとびとの心身をも蝕んでいるにちがいない。
だからこそ、高橋ディレクターの30代、40代の姿をみたいと強く思った。
またTさんのその後も追ってほしい。
わたしが最初に「ネットカフェ難民」に関するTV番組を観たのは、2007年1月28日深夜に放映されたNNNドキュメント’07「ネットカフェ難民―漂流する貧困者たち」(日本テレビ)だと記憶している。
その後、NHKで放映された番組も観たし、その他のメディアでとりあげられているのを見聞きしたが、格差社会をみせつけるだけで、取材する側の意図が伝わってこない。いつもやりきれなさだけが残った。
そんななか、6月24日(日)の深夜2:35〜3:30に放映された第16回ドキュメンタリー大賞ノミネート作品 「ネットカフェ漂流」(制作:フジテレビ)は秀逸だ。
たまたま同日(正確には6/25)0:50〜1:20に前述のNNNドキュメントで「ネットカフェ難民2」が放映された。
「ネットカフェ漂流」では、まず松田洋治のナレーションがいい。制作者の真摯な態度が伝わってくる。わたしはドキュメンタリー番組において、ナレーションの内容にも注目するが、ナレーターの声質に不協和音があると興ざめなのだ。
ディレクターの高橋龍平(20代)が、取材を重ねながら自分の膚で感受したことを元に、混乱しながらも自分の頭で考えようとしている姿勢に好感をもった。
わたしが最も印象に残ったのは、日雇い派遣の仕事をしているTさん(番組では本名が明かされ、顔にぼかしは入っていない)である。
高橋ディレクターと同世代のTさんは、小学生時代に離婚した両親からひどく裏切られたことで、こころに大きな傷をもっている。身綺麗にしているので、高橋と並ぶと、一見どちらがディレクターかわからない。
孤独地獄に陥っているTさんは、ネットカフェでblogを書いている。ということは、なんらかのかたちで不特定多数の他者とのコミュニケーションを求めているのだろう。
取材を重ねるうちにうち解けてきたTさんは、カメラのまえで生い立ちを語りはじめる。
そしてさらに困窮したTさんに高橋ディレクターは、おずおずと自立生活サポートセンター「もやい」を紹介する。
その後、連絡が途絶えたことで、高橋ディレクターは、自分が「もやい」を紹介したことでTさんを傷つけてしまったのではないかと悩む。
しばらくしてTさんから携帯にメールが入り、約束の場所にあらわれたTさんは、「もやい」を訪ねる意思を固めていた。頑ななTさんがこころを開いた瞬間に、思わず目頭が熱くなった。わたしにしては珍しい現象だが、それほど「ネットカフェ難民」は深刻なのだ。ポーカーフェイスのTさんは、それでも笑顔をみせるには至らない。そこがかえってリアルだ。
身内に裏切られたTさんが他人のサポートで救済されるところに、わたしは安堵する。
「もやい」で的確なアドバイスを受けたTさんは、ネットカフェ難民によるムダな出費を排除し、労働に堪えられる身体を確保するためにアパートを借りることを提案され、こころが動いたようだ。「もやい」が連帯保証人になり、多角的に支援するのだ。まず生活保護を受け、アパートの敷金をつくる。その後、仕事が決まった時点で生活保護を打ち切るという提案に、Tさんは不承不承ではあるが同意するつもりらしい。Tさんは最後のプライドを捨てなければ生きていけないほど切迫していたのだろう。しかしアパートを借りても、日雇い派遣では楽観視できないだろうと、心配になった。しかしいまは、プラス思考をするしかない。
都会では当面のお金があれば住居がなくても暮らせる。お金が尽きたとき、ホームレスの道へ転落する。
高橋ディレクターは、現代日本の社会問題の縮図がネットカフェ難民に集約されている、という視点に立つ。そこが新鮮だった。取材を経てそこにたどりついたところに、この番組の重さがある。
30代のサラリーマンにうつ病が拡がり、退職や休職に追いこまれているという。企業が20代の雇用を控えたために、30代の社員に過重な負荷がかかっているらしい。うつ病という病歴があると、よほど企業に理解がないと再就職はむずかしいだろう。
効率主義と弱者斬り棄ての社会は、いま、社会から脱落していないひとびとの心身をも蝕んでいるにちがいない。
だからこそ、高橋ディレクターの30代、40代の姿をみたいと強く思った。
またTさんのその後も追ってほしい。
miko3355 at 11:38│TrackBack(0)│TV・ラジオ